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第9話
過ぎ去ったあの日々を繰り返しているだけだ。
好きだと言われれば条件反射で好きだと言う。
明滅する赤信号を見て足を止める。走る元気などない。
電車を待つホームに行列が出来ていたら次の電車が来るまで時間を潰そう。
甘いものを口にしたかった。未来のない行為ばかりをぐるぐると繰り返す自分の脳を優しく溶かしてくれるような甘いものを。明後日の休みにカフェに行こう。朝食セットで供される生クリームのトッピングされたミールパンケーキに蜂蜜と手挽きコーヒーミルで粉末にしたコーヒー豆をかけて食べたい。
今日は帰宅しても食事と入浴と睡眠を取るだけで、明日頑張れば願望はすぐに叶えられるので、楽しみは取っておくことにした。まっすぐ帰ろう。
予想通り目当ての乗り場は行列が出来ていた。次の電車が到着するのはあと7分。その次は20分後だった。今の行列がなくなってから並ぼうとホーム近くのベンチに腰かける。立っていても座ってもぽっかりと開いてしまった部分が疼いて仕方ない。鼻から吸った息を口から吐き出す。
端末のロックを解除していくつかのアプリとメールボックスを確認した。ぽつぽつと返事を書いて送信していく。
そういえばあの薄明の朝、次の休みに会いたいと言われていた。
田島京助のマンションから眺めた景色と、あれから連絡がないことも思い出して、以前貰っていたメールの文面を探して眺めた。実に端的で、誰が見てもビジネス文書の延長だと思うもの。
他人に端末を触られる機会があるが、幸いにも彼と親しい間柄だと誰にも気づかれていなかった。変な勘繰りをされた四十万さんも、話題の人物がなぜか話しかけてきたとしか認識していないだろう。
休みの日まで予定が埋まるのは珍しいことじゃない。
自分の時間が減ってしまうが、簡単な掃除と買い出しをするくらいで特に急ぐこともないので困っていなかった。勤務時間外に呼び出す役職の者であれば対価のように金銭を渡してくれるので受け取っている。自分の給料だけで充分生活が出来るので、未だ手をつけずに保管していた。
対価を要求したことは一度もなく、身を売っているわけでもない。信じられない愛情というものを形だけ与えてもらっているのだ。誰にも本心を話していないし、する必要はないと思っている。
ただ、未来のない行為ばかりをぐるぐると繰り返す自分の脳を優しく溶かしてくれるような甘いものが欲しかった。
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