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【5】side Ogami……蜜月

 落ちてきた。  自分を満足させる玩具が、束の間の暇を癒してくれる恋人が――落ちてきた。  どうやって育てようか。  にやけが止まらない。  期待に胸を躍らせながら、大神は頭の中で思い巡らせた。  甘い言葉をたくさん囁いて、美味しい料理と絶え間ない愛情でお腹をいっぱいにさせる。快楽の味を教え込み、愛される贅沢を覚えさせ、目いっぱい溺れさせる。そのためには手間暇を惜しまない。何も急ぐ事はない。もう、この手に落ちてきているのだ。たっぷり時間を掛けて育てよう。大神の存在がなくては生きられなくなるまで――。  夕焼けの海でキスした日から大神は周を恋人のように扱った。連絡を小まめに取り、夜は一日あった事を報告し合う。周の働いているコンビニへ頻繁に顔を出し、時間が合う時は一緒に帰宅した。大神が住んでいる芝浦のマンションと亀戸にある周のアパートは逆方向だったが、東京駅まで一緒に歩いて帰るのが日課になった。周の顔が日に日に明るく、美しいものになっていく。出会った日に大神は磨けば光ると思ったが、それが現実のものになった。  眩しい、と海辺で呟いた周の顔を思い出す。  周には純粋さゆえに全てを盲目的に受け入れてしまう、心の広さと美しさがあった。それは反対にどこか哀しくもあったが、周しか持ちえない透明な清らかさがより一層、その存在を輝かせていた。  ――不思議なものだな……。  本当に眩しいのはどちらだろうと大神は思った。  土曜日の午後、大神は自宅に周を招いた。周を部屋に入れるのはこれが初めてだった。 「お邪魔します」  玄関でスニーカーを脱いで揃えた周は、おずおずした様子でリビングに入ってきた。二十畳あるフロアを見渡すと、わぁと歓声を上げた。 「凄く広い。それに、綺麗だ。大神さんは綺麗好きなんですね」 「そんな事ないよ。周のために、頑張って掃除したんだ」  周は、自分のためにそうしてくれた事が嬉しいとでも言うように、ぱっと頬を赤らめた。 「なんか飲む?」 「あ……じゃあ、頂きます」 「いいよ。そこに座って」  大神が促すと周はリビングにあるソファーに座った。その姿を眺めながら飲み物を用意する。大神の部屋に設置されているのはペニンシュラタイプのオープンキッチンのため、キッチンとリビングの間を遮るものは何もなかった。 「あ、サボテン」  周が声を上げる。見ていい? と言われて頷いた。  サボテンは日当たりのいい窓際に置いてある。大神が唯一、手を掛けている存在だった。 「画像で見るより大きいなあ。凄くトゲトゲしてる」 「危ないから触らない方がいいよ」 「はい。……なんだか大神さんっていつも優しい。愛されてる気がする」 「それはそうだろう。本当に愛してるから」  周の顔が耳まで赤く染まった。どうしてこうも素直なんだろう。周のそんな様子を見るたびに、自分の中の何かが上書きされていくような気がする。 「花が咲いたら、きっと綺麗なんだろうなあ……」 「咲かせるのは難しいけどね。大きくて真っ白な花が開くんだ」  周のように純粋なと言いそうになって思い留まる。  大神はリビングにあるガラステーブルの上にグラスとボトルを置くと、窓際にいる周に近づいた。 「こうやって様子を見る」  大神は鉢植えの土の部分に細い竹串を挿して見せた。 「これで、どこまで水が行き渡っているのかが分かる。表面の土が乾いて、竹串の濡れる範囲がほとんどなくなったら、水をたっぷりあげるんだ」  近い距離でふと視線が合った。  美しい夜空のような黒髪とすっきりとした瞼を持った瞳。  綺麗だと思った。  サボテンの白よりももっと綺麗で純粋な無色透明。  それが欲しいと思った。 「周……」  後ろからすくい上げるように男を抱き締める。決して強くは拘束しない。幾らでも逃げられる抱き方だった。周は一瞬、体をビクリとさせた後、細い息を洩らした。 「大神……さん」 「可愛いな」  振り返った周の唇にゆっくりと口づける。  海辺でしたあの日から周とは何度もキスをしていた。ただ、触れるだけのキス。会話の流れのままの触れ合い。舌を使った深い口づけはまだしていない。  ――今日は舌を使った本物のキスを教えようか。  強引ではなく時間を掛けて、粘膜の柔らかさを教えるように唇を重ねる。周の唇はしっとりと柔らかく、全てが好みだった。 「んっ……」  上唇と下唇をゆっくりと交互に甘噛みする。そうしながらも舌先で周の粘膜を刺激した。お互いをぴたりと合わせるように優しく舌を絡め取る。  周の頬は上気し、息が上がって、目尻に涙が滲んだ。快感で落ちてくるその細い腰を諭すように抱き締める。  ほら、落ちてきた。  まだまだ、落ちてくる。  もっと落ちて来いと、大人の狡さで舌を使う。自分の舌を咥えさせながら緩く唾液を流し込み、甘い蜜のような快楽をたっぷりと与えて体を溶かす。  この男が本物の快感を知って、覚えて、それを求めるようになるまで、大神のペニスは与えない。  一番の快楽は最後までとっておく。  それまでゆっくりとこの体を開発してやる。 「他もキスさせて」 「で、でも……」 「大丈夫、キスだけだ。全部、何もかも気持ちいいだけだよ?」

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