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胸が痛む理由。

「なんだ。知らなかったのか? こいつは人間じゃない。ペトロの神。報酬さえ渡せば人殺しも何でもしてくれる悪魔だ。それでどうやって自分の命を助けてもらっていたんだ? ああ、そうか。その身体で代償を支払ったのか。汚いオメガめ!!」 「っつ!!」  ベイジルの胸が痛む。  スターリーは血も涙もない男だ。たとえ自分とは戯れだったとしても過去、情を交えたというのに、これは酷い言いようだ。けれども彼に罵られても少しも悲しいとは思わなかった。お腹の中にいる赤ん坊の父親はロシュのように思えていたからである。  実のところ、ベイジルの胸が痛んだのはそれとは違う別のことだった。  ロシュ・サムソンの正体についてだ。  なぜロシュは正体を打ち明けてくれなかったのだろう。彼はベイジルのことを、本心を打ち明けるほどの価値もない人間だと思っていたのか。ロシュにとって、自分はただの性欲処理だったのだろうか。  いや、そんなことはない。たしかに初めはそうだったかもしれない。しかし自分を見る彼の目には明らかに情が宿っていた。労りの心を見せていた。それに、自分の身の危険を冒してまでわざわざこの場に来てくれたのも事実。彼は間違いなく、自分を想ってくれている。

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