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ロシュの決断。

 自分ならば、優しく気高いベイジルにけっしてそのような真似はしないと思ったほどに――。  たしかに、初めはただベイジルを食料として見ていただけだった。しかしベイジルと話をするうちに、いつしか優しく包み、守りたいと思うようになった。その感情に気付いた当初は躊躇いもあったものの、しかしベイジルと共にいるうち、それも当たり前のように思っていった。  これまでロシュは数千、数万という人間の願いをそれ相応の代償を以て叶えてきた。しかしベイジルほど健気で思いやりがあり、優しい心根の持ち主は見たことがなかった。それが新鮮で、とても楽しく思えたのも事実だ。  ベイジルのことをもっと知りたいと思うようになったし、感情にも変化が現れた。  ロシュでさえも知らない間にベイジルの腹に宿った赤ん坊さえもまるで自分の子供であるかのように思いはじめていたのだ。  しかし、自分はペトロ。愛とは無縁の悪魔だ。当然ベイジルを大切にしてやる術も何も知らない。  ベイジルにはこんな自分よりもずっと彼に相応しい男が現れる。腹に宿った赤ん坊ごと彼を慈しみ、愛してくれる存在が――。なにせ彼は美しく、心優しい人間だ。ペトロなんかの自分よりもずっと愛してくれる人間と穏やかな家庭を築くだろう。ただそこに自分がいない。それだけだ。  さあ、もうわかっただろう。ロシュ・サムソン。この場から直ちに立ち去るべきだ。

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