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邪悪なペトロと純粋な人間。
華奢な身体は以前と変わりはないが、腹は今にも赤ん坊が飛び出てきそうなほど、ぼったりと膨れている。
突然の対面に胸が締め付けられる。どんなに会いたいと思っていたことか。彼と別れてたった数ヶ月だというのに、百年以上会っていないような錯覚さえ覚える。
「なぜ、君がその本を持っている」
「スターリーが僕の恋人だったっていうこと、忘れたの?」
弄ばれた相手の子供さえも身籠もったベイジルにとっては忘れたくても忘れられない、人生を狂わされた大きな出来事のひとつだ。わざわざ思い出させる必要もない愚かな人間の名を口にしたことでロシュは頭打ちをする。申し訳なさそうに唇を噛みしめるロシュに対して、けれどもベイジルは苦笑を漏らし、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに小さく頭を振った。
「あの人のことなら大体のことはもう耳にたこができるくらい聞かされている。そして彼は鼻持ちならないアルファで自分の中に流れているジギスムンド家の血筋をもっとも誇っている人物だということも。だから当然、隠された秘密の書庫があることも、先祖代々から受け継がれている古い書物のことも知っている」
なるほど、とロシュは思った。
つまりは自分が十字架の神だということを知っていさえすれば、ベイジルは書物を見事捜し当てて呼び出すこともできるというわけだ。
ロシュはベイジルが自分の身の上を知っていながらなぜ、今も関わり合いになろうとするのかが判らなかった。
いや、そうではない。ロシュはベイジルの気持ちを知っていた。だからこそ、ロシュはペトロ神の自分よりもやがて出会うだろう彼に見合った相手に譲るため身を引いたのだ。――しかしベイジルにとって深い因縁のある相手の家にやって来てまで自分を呼び出した彼の決断には驚きを隠せない。
「貴方が誰だって恐れはしない。愛しているんだ」
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