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宿縁。

 ベイジルの細い足が一歩、ロシュとの距離を縮める。その足取りは、拒絶されることを恐れているのか、僅かに震えていた。  ああ、怯えるものは何も無いと、そう言って今すぐこの両腕で包み込んでやりたい。しかし自分はペトロ。この世で最も邪悪で恐れられている神だ。そんなことができる筈もない。  強く握った両の拳は冷え切っている。ロシュは込み上げてくる感情にふたをして、きつく唇を引き結んだ。 「だがおれはペトロ神だ。君が思っているような奴じゃないことはもう知っているだろう?」 「貴方じゃなきゃイヤだ。貴方はペトロ。見合った報酬さえ渡せばどんな願いも叶えてくれるんでしょう? お願い、僕を傍に置いて。この子と僕の命をあげるから。だから……」  赤い唇が震えながらそう告げた。はしばみ色の目には涙が溢れ、やがて一粒、零れ落ちる。  いつだって気丈に振る舞うベイジルが見せた初めての願いに、ロシュはもう限界だった。強く握った拳を解くと、震える身体に手を伸ばす。 「頂くわけにはいかないな。そうなればおれの願いが叶わないじゃないか」  ロシュはベイジルの肩口に顔を埋め、抱き締めた。その瞬間、ロシュは消え失せた魂がまるで自分の元に戻ってきたかのような感覚を覚えた。  自分にとってベイジルは、魂の片割れなのだと実感した。  宿縁。そう呼ぶべき相手なのだと――。  ベイジルはロシュの感情に気が付いたように顔を上げる。その目にはたしかに勝利を確信した強い眼差しと、そして情熱の炎が見えた。 「愛してる。僕のバロン・クロア」  そっと告げる赤い唇に、待ちきれなくなったロシュがその唇で塞ぐ。華奢な身体を横抱きにすれば、ベイジルの驚きの声が耳をくすぐる。ベイジルは彼の首に腕を回し、満足げに小さくうなった。  ほどなくして二人は淡い光に包まれた騒々しい街へと歩いて行く。宿縁という最も情熱的な運命に導かれて……。  ーFinー

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