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ジェ・ルージュ
もちろん、これは仮の姿でしかない。
そもそも自分たちは神であり、創造主でもある。
だから実態があってもそこにないのが現実だった。
彼はそう。
ペトロ神の長、バロン・ジェ・ルージュ。
赤い目の十字架の神 という異名を持っていた。
彼が司るのは死。
墓場を暴き使者を操る、いわば死神であった。
人々はロシュのことをこう呼ぶ。
赤い目をした悪魔――と。
「人違いというのならばそれで結構。おれは生憎、この地上にしか存在しない最高の酒を嗜 んでいたところでね、用がないなら失礼するよ」
ロシュは無類の酒好きであった。
それもかなりの美酒を好む。
しかし悲しいかな、第七監獄には酒がない。
そもそも、彼ら神は人間のいうところの食事というものをしない。
けれどもロシュは酒の味だけは理解していた。
そうしてやって来たこの人間界で、唯一、『死霊の酒場』でしか入手できない貴重な酒を楽しんでいた時のこの呼び出し――。
この男は礼儀作法も知らない愚か者だ。
わざわざこのペトロ神の長の些細な楽しみを邪魔しておきながら、この身を疑うなんて無礼以外の何者でもない。
ここがどこだかは知らないが、取り敢えずこの陰湿な家から出れば今にわかるだろう。
なにせ自分は死を司る神である。知らないことは何も無い。
彼はこの世界の裏に生きる存在なのだ。
ロシュは背を向け、たったひとつしかない木戸へと歩く。
「待て!! 殺して欲しい奴がいる」
すると彼は思い直したらしく、慌てた様子でロシュを呼び止めた。
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