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愚者
その身のこなしは本人こそ気に入っているらしいが、ロシュからすれば、なんとも嫌みったらしく見えるばかりだ。
「お前は優秀なんだろう? ならば愚かなオメガは優れた気質を持つお前にとって足らぬ相手じゃないのか?」
ならばたかが人間のオメガひとり、気にするほどのものでもない。
ロシュは暗に告げる。
片方の眉をぐいっと上げ、苛立ちをあらわにした。
その途端、彼の周囲には研ぎ澄まされた鋭い刃を思わせる空気がいくらか生まれた。
けれども男はロシュから発せられる鋭く突き刺すような空気を読んでいない。
それどころか、男はロシュの間合いに入り込むと声を荒げ、自分は大いに憤怒していると体現する。
どうやらこの男は自分以外の誰かを敬うという気持ちは持ちあわせていないらしい。
「そうはいかない。アレのせいで栄光ある俺の人生が粉々にされてしまう危険性があるんだ」
――栄光。
果たしてこの男、ちっぽけな自尊心ためにいったいどれほどの人間を犠牲にしてきたのだろうか。
いや、過去に限ってでもない。
今も尚、彼はひとりの人間を葬り去ろうとしているのだから……。
「それで? 念のために聞くが、お前はおれに何をくれる? おれは赤い目のバロン 。十字架の神 だ。そこらへんにいるペトロ神とは違い、山羊や羊では生ぬるい。生半可な生け贄では納得しないぞ? ――そうだな、お前が大切にしている命をひとつもらい受けようか。それが契約の代償だ」
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