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不価値
ロシュらの言葉で言うところの、『バロン』は神――。
『ジェ・ルージュ』は赤い目。
『クロア』は十字架という意味を指す。
ロシュが自ら異名を称えたのは、ひとえにこの契約がどれほど重いものかをこの傲慢な人間に宣言するためのものだった。
――そしてペトロの長でもある彼はもっとも尊い。そのロシュと契約を交わすのだから、それ相応の報酬というものが必要になる。
生半可な生け贄では通用しない。
この男が大切にしている、この世で一番かけがえのない贄をいただこう。
そしてこの男が大切にしているのはおそらく自分自身だ。
そこに目をつけたロシュは眉を潜め、男の様子を窺った。
「そ、それは……」
ロシュの言葉に男は口を噤み、ここへきてはじめて怖じ気づいた。
言うまでもない。自分の手を汚さずに誰かを陥れようとするこの手の人間は相応の覚悟すらも持たない。
彼らは木偶 の坊 だ。
ならばこれとは契約を結ぶに価しない。
そう判断したロシュはふんっと鼻を鳴らし、嘲 った。
「相応の生け贄がいただけないのならば契約は破棄される。そのオメガは自分で始末することだな」
ロシュはふたたび踵を返すと出口へと向かって歩いて行く。
「俺はお前を呼び出した契約者だ! 俺の願いを聞き入れない限り、永遠に元の場所へは戻れんぞ!」
立ち去り際、男はこれが最後の機会だと言わんばかりに権力を振りかざす。今や男の顔は真っ赤に染まり、憤怒しているのがわかった。
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