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静寂の中で聞こえるものは…。
†
ロシュは、失礼極まりない男の元から去った今、人気のない裏通りを歩いていた。
湿度が極度に高く、しかも高級住宅街が建ち並んでいる。察するに、ここはニューオーリンズというルイジアナ州南部にある大都市だろう。
――さて、これからどうしたものか。
次の契約者が見つかるまでは、当分の間あの愚かな男が契約者になっている。早くあれに次の契約者が見つりさえすればロシュは解放されるのだが――。
まあ、次の契約者が見つからないなら見つからないで悪くはない。
なにせここには好物の酒も、自身の性欲を満たしてくれる人間もいるのだから――。
ロシュが酒場に繰り出そうとした時だった。
ふいに誰かの叫び声がずっと耳元で聞こえたような気がして足を止めた。
振り返っても誰もおらず、街灯が頼りなげに夜道を照らしているだけだ。
それに叫び声が聞こえたのはほんの一瞬で、今は何も聞こえない。依然として静寂が広がるばかりだ。
「気のせいか」
ぽつりと呟くその声は、闇の中に消えていく。
しかしなぜだろう。心臓は早鐘を打つように鼓動し、どうにも居たたまれない気分になっている。そしてとうとうロシュの足は命じてもいないのに独りでに動き出した。
真っ直ぐに伸びた狭い道を進んで行く。おかしなことに、歩く速度は少しずつ早さを増す。まるでこの先に何かがあるとでも言いたげなほどに――。
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