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まやかし
――彼だけだった。
世界から阻害されて生きてきたベイジルを、優しい言葉のひとつでもかけてくれたのは――。だから彼の子を身ごもったと知った時、どんなに嬉しかったか。もう誰彼構わず誘惑する心配はない。オメガであることを誇りに思って残りの人生は愛する彼だけを欲し、幸せに暮らすものだと疑いもしなかった。
けれどもすべてはまやかしだった。
彼もまた、皆と同様、オメガの自分を蔑 んで見ていたのだ。
彼は将来有望な男性だ。彼に見合う人と一緒になるのが普通だろう。そんなことは少し考えればわかることだ。
恋は盲目とはよく言ったものだ。与えられるこれが愛情だと疑わなかった。自分が卑しい存在だということを忘れていたのが悪かった。
――ああ、身体が熱い。雄を欲っして子宮が疼いている。
ベイジルは今、身も心も引き裂かれそうなほど、とことんまで心を痛めつけられている。
それにもかかわらず、最愛の人だと信じた彼との中途半端な情交のおかげで性欲を満たせない身体は熱を求め、こうして夜の街をさまよい歩く。
三ヶ月以前まではヒート状態に陥った時に使用するフェロモンを抑制する薬を持参していたが、今は所持していない。出産を控えた自分には発情期やヒートとは無縁だと判断したのが間違いだった。
結局のところ、どんな状態であってもところかまわず性欲を求めてしまうのだ。
本当に自分はどうかしている。
こんな嫌らしい身体なんて知らない。
この卑しい性 にはほとほと嫌気が差す。
目を閉じたくなる現実が容赦なくベイジルに重くのし掛かってくる。
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