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野獣

 彼らは食事を邪魔され、怒り狂っているらしい。ロシュを射殺さんばかりに腹の底から唸り声を発し、四つん這いになって威嚇する。  目は血走り、口からは唾液を垂れ流す。  今や彼らは人間ではなく、猛獣に近かった。  恐ろしい殺気が周囲を包む。  青年ら二人から発せられる殺気だけでも簡単に気絶させることができてしまいそうだと、ロシュは思った。  しかし、今回ばかりは相手が悪い。  並みの人間ならば今の彼らにとってどうということはないだろうが、いかんせんロシュは人間ではない。  この手で触れずとも相手を吹き飛ばすことは造作もない。  ロシュは右の手を前に突き出すと、空間を切り裂くようにして右から左へと移動させた。  するとロシュの手の動きに従って、彼らの身体が宙を浮き、鈍い音を立ててそれぞれ左右の壁へとぶつかった。  苦痛の呻き声が上がり、気を失った。  周囲にはふたたび静寂が蘇った。 「大丈夫か?」  ロシュは二人でよってたかって犯され、為す術なく倒れている彼を抱き起こす。  すると、彼から放たれるなんとも言えない甘い香りが鼻をついた。  ――いや、鼻孔から香ってくるのではない。  毛穴から入り込んだ強烈な香りが視覚、聴覚、感覚、触覚を通じてロシュのすべてを狂わせようとしてくる。  そこで理解したのは、この男がオメガという性を持っていることだった。彼はおそらく、ヒート状態にあるのだろう。  あの二人は彼から発せられる強烈なフェロモンによって理性を奪われ、欲望のままに動いた。  ……なるほど、強烈な誘惑の香りは今までに嗅いだことはない。しかしヒート状態のオメガがここまでの威力を発するとは――。  フェロモンに当てられた彼らが獰猛な野獣のようになるのも頷けた。

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