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ロマの男

 高い鼻梁とその下にある薄い唇。肩までの艶やかな黒髪。閉じていてもわかる目元は涼やかだ。開いた目の色はいったい何色をしているのだろう。  思わずため息を漏らしてしまいそうになる。  ベイジルはこんなにも美しい男性を見るのは初めてだった。  自分を捨てたスターリーも美しいのに変わりなかったが、しかし彼はそれとは比べられようにもなかった。  スターリー・ジギスムンド。  その名を思い出した時だ。ベイジルの胃が一気に縮まった。酸っぱい胃液が食道を通って口の中に広がる。  そこで思い出したのは、身籠もったことを打ち明けたとたん、手のひらを返すようにベイジルとお腹に宿った新たな命を捨てたということだ。そして中途半端な情交のおかげでヒート状態となり、通りかかったこの男性を誘惑したに違いない。  ベイジルが覚えているのは、学生くらいの若い青年二人をヒート状態の強力なフェロモンで誘惑したところまでだ。  この美しいロマの男には見覚えがない。  昨夜、ヒート状態で意識が朦朧とする中、出会した相手を誰彼構わず誘惑し、抱かれ続けたのだろうか。  オメガという汚い性にはほとほと呆れる。  うんざりだ。  自分自身にすっかり嫌気が差しているベイジルは唇を噛みしめた。  それにしても、ここはいったいどこだろう。  十帖にもなる広々とした一室にあるのはダブルベッドとナイトテーブルのみ。  僅かに開いた窓からは時折そよ風が吹き込み、レースのカーテンと天井に飾られたシャンデリアの小さなつぶての宝石の一欠片をほんの少し揺らしている。

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