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繰り返さない過ちに決意を。

 すると彼は何を思ったのか。枕元からひとつの小さな紙封筒を、絶望の真っ直中にいるベイジルに手渡してきたではないか。  袋の中に入っていたのは人間の血のように赤い錠剤。これはヒート状態のオメガがフェロモンを抑制する薬だ。 「どうしてこれを貴方が?」  ヒート状態を抜け出せない自分はてっきり、また組み敷かれるのだと思った。しかしこの男は症状を抑制する薬を手渡してきた。それはこの男が言うとおり、今日はもう抱かないということだ。  この錠剤を所持しているということは、男もオメガなのだろうか。しかし、彼からは強い意志と威厳が見受けられる。  男の性質から考えられる性はアルファだ。  ベイジルはまさか男がオメガだとは信じられず、問うた。 「おれの知り合いに医者がいてね、頼んで処方してもらったんだ」  魅力的に笑う男の頬にえくぼが見える。  彼は相当な色男だ。  いったい彼はこれまでにどれだけの人間を魅了してきたのだろうか。彼の笑顔は絶大だ。ほんの少しでも気を抜けば、うっとりと見惚れてしまいそうになる。  けれどもこの笑顔に騙されてはいけない。  スターリーと同じ種類の色男の作り笑顔はうんざり。  堂々巡りなんてたくさんだ。  ベイジルは自分に言い聞かせ、差し出された錠剤を掴み取ると、そのまま口の中に放り込んだ。 「ぼくは男娼ではありません。|況《ま》してや貴方のラブでもありません」  錠剤を飲み込み、にべもなく答えた。  間違いない。  この男もアルファだ。そして彼もまたスターリー同様、オメガの自分を飼おうとしている。

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