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怨恨の理由。

 しかし、ロシュが見たところ、ベイジルはやや神経質であるものの、誰からも恨まれるような人間ではなさそうだ。  ともすれば、妬みの類だろうか。  いや、これもおかしい。彼はオメガで、少なくともこの世界では蔑まれた存在だ。そのような人間を果たして妬む必要があるだろうか。 「ベイジル? おい、ベイジル・マーロウ」  頼むから返事をしてくれ。  ロシュは優しく彼の頬を撫で、話しかける。  すると閉ざされた瞼がゆっくり開いていく。  はしばみ色の目には光は見えない。未だ恐怖に捕らわれていた。  おそらくは彼を覆っている魔力のせいだろう。  ロシュは、けっして人間には聞き取れない言葉で魔力にこの場から去るよう告げる。  すると魔力はいくらか抵抗をみせる。  これは好ましくない傾向だ。  魔力は粘り気のある質をしている。  この質は女神特有のもので、しかも人間でいうところの良い神の部類であるラーダ神ではない。  明らかに邪心とも言われているペトロだ。  ジェ・ルージュで女神。しかもペトロ。  これに当たるのは、エルズーリーの名を持つ者しかいない。  ともすればこれはとても厄介だ。  なぜならば、彼女らの魔力はロシュよりもずっと強力だからだ。  しかしこのままではベイジルは彼女に呪われ、殺されてしまう可能性がある。  ――いや、ベイジルだけではない。彼のお腹に宿る子供さえも、だ。  ベイジルが殺される。  そう思った時、またもやロシュの胸に喪失感が過ぎった。

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