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見えないもの。

 ベイジルは為す術もなく必死にハンドルを掴み、荒い呼吸を繰り返す。するとどうしたことか、ハンドルはひとりでに動き、強烈なスピードを上げて道をふさぐ車を避けながら走り出したではないか。  パニックに陥りながらもどうにか止めようとブレーキを踏むが、反応はしない。  もはやひとりでに暴走する車を止める術はベイジルにはない。  耳を劈く悲鳴を上げ、どこかにぶつかるかもしれない衝撃に備えて頭を抱え、ただ恐怖に耐えるばかりだ。  一向に止まる気配がない車はいったいどこを走っているのだろう。  気がつけばなだらかな車道は消え、車体が浮き沈みを繰り返す。車は砂利道を走っていた。  人が住んでいる気配のない林の中を突っ切り、そのたびに木々の枝枝がサイドガラスを叩気上げて細かい裂け目が生まれた。  横を凪ぐ太い木の枝はこれが最後だと言わんばかりに、割れ目に触れる。  ガラスは鈍い音を出して粉々に割れる。ベイジルの口は閉じることができない。ひっきりなしに悲鳴を上げ、ただただ身体を丸めてこの恐ろしい惨劇が過ぎるのを待つしかない。  粉々に砕け散ったガラスの破片がベイジルの頭目掛けて散っていく……。  半ば朦朧とする意識の中で、まるで車は意志があるように、見知らぬ廃墟に突っ込んだ後、ようやく停車した。  ベイジルは押し寄せてくる恐怖でなんとかこの場から逃げようとフロントドアを開けると車から転がるように飛び出した。

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