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こころ優しきアルファ。
吐きそうだ。緊張で胃がキリキリと痛んだ。酸っぱい胃液が細い食道へと押し上げてくるのが判る。
「僕の体内に赤ん坊が宿っているの、医師から聞いたよね」
手の甲を撫でていた骨張った指が止まる。
ロシュは無言のまま口を閉ざしたきりだ。それでもベイジルの手を握ったまま離さない。それはまるで、大丈夫だとベイジルに話しかけるかのように……。
ベイジルは今すぐロシュに抱きつきたかった。けれどもし、スターリーのように拒絶されてしまったら? もうあんな苦しい思いは二度味わいたくない。
ベイジルは目をつむり、ロシュに傾きつつある思考を閉ざすと、小さく震える声で続けた。
「社長令嬢との縁談が持ち上がっているんだって……」
「なんだって?」
ベイジルの手を包み込むロシュの手の力が強まった。
「スターリー・ジギスムンド。代々有能なアルファの性を持つことで知られるジギスムンド家の嫡男だ。僕のお腹にいるこの子の父親だ。彼は自分の出世のために邪魔だからって僕たちを捨てられたんだ。僕と彼は性が判明するまでは幼馴染みだった。性が発覚してからだ。身体を重ねるようになって、好きだとも言われた。だけど本当はただの性欲処理で、僕だけが本気だったんだ。僕は……誰の子供も孕める卑しいオメガだから――アルファとは対等じゃないって……」
アルファにとって自分は性欲の対象でしかならない。どう考えてもオメガとアルファでは釣り合う筈がない。
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