6 / 161
依-5 良き友人
講習自体は別に苦ではない。ただ、扇風機もエアコンもない蒸し暑い場所にずっといるのはキツい。
「いやぁ〜〜! いっくんが来てくれてほんと嬉しいよ〜〜、勉強も捗るし!」
目の前にいるクラスメイトは元気だ。わざわざ向かい合わせに座って俺の机に自分のプリント用紙を広げている。勉強は捗っていない。黙ってペンを走らせる俺に構わず喋り続けるのは、誰かさんと同じだな。
こいつ、天四航 は、講習や補習の常連らしい。
席が前後なので普段から話す仲ではある。いつも以上に嬉々として話しているのは、講習を一人居残りで受けずに済んだからか。俺は残りの課題をやりながらあいつを待ってるだけだけど。
「先生は範囲教えるだけで、エアコンの効いた涼しい職員室に帰っちゃうしさ〜、オレが真面目に勉強しないの分かってるくせにさ〜」
プリントにシワができるのを気にせず机に突っ伏して駄々をこねている。俺は自分のノートを上に持ち上げて避難させた。イラつくほどではないが、真顔で見下ろす。
「邪魔」
「冷たい! 夏なのに!」
「涼しくなった?」
「あつい!」
「じゃあ勉強して」
「脈絡がない!」
「早く終われば涼しい家に帰れるでしょ」
「ゲーセン行きたいっ」
会話は通じてはいるが噛み合っていないのが可笑しくて、心の中で笑う。
「付き合ってどんな感じ? チューとかもうした?」
シャーペンの芯を折ってしまった。
唐突に話が変わるのはこいつの癖らしい。カチカチと新しい芯先を出して場をつなぐ。
こいつには夏道との関係を言ってある。というか言ってしまった。しつこく恋愛話をしてくるから「付き合っている人はいる」と言ってしまい、そこから根掘り葉掘り……、いやに聞き上手だった。
でも、聞いてきた割にはそれきりで、俺達の関係についても「へぇ〜!」という笑顔で終わった。他の人に喋る様なそぶりも無いのでその辺の信頼度は高いが、何を考えているか分からない奴だ。
二人きりの今だからこそ言ってきたんだろうけど、ほんとに唐突だな……。
「してない」
間を開けてしまったが、ノートから目を離さず平然と答えた。
「好きなのに?」
「……」
そう、全部言ってしまっている。俺の本当の気持ちも。
それでも俺は躊躇する。口に出そうとしたり考えたりすると急に不安になって怖くなる。持て余している感情だった。
「……そこまで言う必要ある……?」
か細い声で、今度こそ冷たい言葉になってしまった。でも、俺の顔を見たこいつは微笑った。
俺の顔は今、どんなだ。
「必要はないけど、苦しくない?」
頬杖をついて生意気に笑う。八重歯が見えた。
「オレはいっくんのこと愛してるぜ」
こいつの言動は不思議と落ち着く。張り詰めた気持ちが緩んで、俺も笑った。
それが友愛の意味だと分かっている。純粋に言える航 を羨ましいと思った。何を考えているか分からないというのは謝ろう。単純に良い奴だ。
しわくちゃになっているプリントを見て手を差し出す。
「プリント、見せて。手伝うから」
「やった〜! じゃあココからお願いっ」
「最初からかよ」
ともだちにシェアしよう!