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依-7 夏に合う
思い返してみると、夏道を怖く感じることはよくある気がする。いつの間にか俺を見ているあの視線も、ドキッとするけどなにか怖い。
それに、あいつは気に入らない事があるとすぐにキレる。昔からだ。だけど他の人といる時は大人しいらしい。ワガママは俺にだけなのか。
この前の地雷も、折角提案したのにもう一緒に遊べなくなると思ってキレたんだろう。ほんとワガママな奴。そんなに俺のことす……いや、違う違う。友愛の意味のそれ。
とにかく、あいつを怒らせるのが一番怖い。そして面倒。
まぁ……悪く言ってみたけど、悪い奴では無い。人懐っこいのは事実だし、気遣いができて思いやりもある。その証拠に、部活仲間たちとは仲が良いらしい。
――「明日、みんなで勝つからな!」
昨日の別れ際、そう宣言して笑いながら手を振って帰っていった。
「みんなで」だってさ。団体行動が苦手だったあいつがそう言う様になったのが嬉しかった。部活、楽しいんだろうな。
「かっ飛ばせーーッ!!! ごーーしーーきーーー!!!」
大きな声援でビクついてしまった。
今日は、学校の生徒達と試合の応援に来ている。
今はうちのチームが攻撃に出ていた。応援席から見る球場は思ったより遠くて、俺は他校との判別くらいしかできないけど、ごしきという人がバッターボックスに立ったらしい。
正直、野球やうちの野球部についてあまり知らず興味が無い。申し訳ない……。校舎に垂れ幕があったので、強いらしいけど。
でも、生徒が応援に来て試合を観戦するのは楽しいと思う。吹奏楽部やチアリーディング部も来ていて賑やかだ。戦況によって応援歌や掛け声がいくつかある。生徒の何人かが指揮を取ってくれて、揃えて声を上げ選手を応援する。
投手の投げたボールがバットに当たった。ボールが転がっていくのを見ていたら、ごしきさんは一塁へ駆けて行っていた。速い。
「あっ!」
思わず声に出てしまった。一気に気持ちが高ぶる。
夏道がベンチからバットを持って出てきた。何となくだけど多分夏道。誰かが「次は夏道か」と言ったので当たりだ。
野球をしているあいつは、自分とは別世界に居るように思えた。今も、夏空の下で球場に広がっている選手達の中に混ざって戦う姿は、テレビを通して観ているようで。
でも違う。
「かっ飛ばせーーッ!!! ふーーたーつきーーー!!!」
みんなと揃えて声を上げる。
この声援は彼らに届いてるだろうか。夏道に届いてるだろうか。
ボールがバットに当たった時の高い音が物語る。
歓声が沸き起こった。俺も、両耳を抑えつつ大きな声で応援する。
本当に、興味は無いのだけど。
どうしてこんなにも、野球は夏に合うんだろう。
暑さと土煙で滲む景色の中、陽に照らされて走る夏道は眩しかった。
一点差でうちのチームが勝った。選手達が応援席の下まで来て挨拶をする。夏道は大きく口を開けて笑いながら仲間達とベンチへ戻っていくが、ふと振り返ってこちらを見た。
目が、合った気がした。
試しに小さく手を振ってみると、満面の笑みで大きく振り返してきた。
今度こそベンチへ戻っていく背中を微笑って見送った。暑い日に、顔まで熱くなる。
「かっこいいなぁ……」
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