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依-8 どんぐり

「なにしてるの」 「見ろ依! でかいどんぐり!」  ランドセルを道端に放って山道に少し入った場所に座り込んでいた。大きな丸いどんぐりをドヤ顔で掲げている。声をかけるまでしばらく見てたけど、大きなどんぐりを探して集めている様だった。  ランドセルを回収して側まで行く。地面に落書きした場所に集めたどんぐりを並べているのを、俺もしゃがみこんで見た。 「何でそんなの集めてるの」 「ヒマだからっ」  学校からの帰りは寄り道し放題だから、こうして山の中や川とかで遊んだりする。同じクラスだけど、掃除や当番で時間が合わなくて、夏道は先にこの待ち合わせ場所まで来て遊んでいる。 「……クラブは行かなくていいの?」  そう言うと、夏道の手が止まった。楽しそうにしていた顔も固まって、だんだん曇ってきた。  夏道は野球クラブに通い始めた。けど、すぐに行かなくなってしまった。人間関係で何かあったんだろう。  夏道は野球が好きだ。今も、側にはクラブで使うユニホームや道具が入ったカバンがある。行こうとはしてるんだ。行きたいんだ。 「野球は、ひとりじゃできないよね」 「……うん」 「夏道がいなきゃ、できないね」 「……」 「言いたいこと、言ってみてよ」  同じように下の方を向いたまま声をかけるけど、夏道はどんぐりをいじりながら唇をすぼませている。それでも待っていると、話してくれた。 「……うまくボール投げれなくて。キレたら、みんなだまって……そのまま帰った」 「……そっか。いっぱい練習しなきゃね」 「うん……」 「みんなと、ね」 「……うん」 「ごめんなさいする?」 「……うん」  夏道の手を握ってゆっくり立ち上がらせた。持っていたどんぐりは地面を転がっていく。  ランドセルを背負いながら俺を見つめた。 「くる?」 「……夏道ならできるよ」  一緒には行かないという意味だ。  返事への不満というよりは心細いんだろう。また唇をすぼませた。 「……試合、見にくる?」 「見に行くよ」  そう答えると、やっと表情が和らいだ。クラブの道具が入ったカバンを見つめると、つかんで持ち上げる。 「野球、楽しい?」  この問いにはまっすぐこっちを見た。三白眼が見開いて、素直な表情をした。 「うん」  今日一番のはっきりした返事だった。 「いってらっしゃい」 「うん」  返事をしたと同時に駆けて行く。まっすぐ、必死に、一度も振り返らなかった。  少し、さみしかった。  けれど一所懸命な夏道はかっこよくてかわいくて。そんなあいつを見ているのは、すごく――…だと思った。  今思い出すと、あのどんぐりの並びは野球選手のポジションだった気がする。地面の落書きも、ベースの……。 「――なにニヤついてるの? いっくん」 「へ……?」  航が頬杖をつきながらニヤニヤと笑っていた。ニヤついてるのはお前のほうでは。  あぁ、でも、俺もそうだったのか。あんなこと思い出したから。今更でも口元を隠した。  外から、部活をする生徒達の声が聞こえた。野球部の掛け声も聞こえる。あの中にあいつも居る。  耳をすませた。 「嬉しそうね〜〜」 「早く問題解いて」 「ぎゃんっ!」

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