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依-9 罰と唇

 罰だろうか。こいつが家に泊まったら、久しぶりに思う存分寝顔を眺められるとか、下心を持って迎え入れた俺への。  夏道はあんな風だから、色々引っ付いてくるとは思った。まんざらでも無いから、覚悟をしていたつもりだったけど。流石に、自分の顔を見られるのはやばい。  洗面所のドアを閉めて、もたれかかる様にしゃがみ込んだ。  唇に触れた指の感覚がまだある。  息が触れたのとは比じゃなくて、昔の事を思い出してしまった。  昔夏道が愚痴を話していた時、説明するの面倒とか言って、俺にキスをした。  その時自分の気持ちに気付いて、はっきりと自覚した。  あれ以降自分の顔を見られるのが恥ずかしくて、今どんな顔をしているのか気が気じゃなくなって、事あるごとに顔を隠すのが癖になった。純粋に、夏道の後を追えなくなった。 「はぁぁ………」  深いため息しか出ない。この気持ちはどうしたらいい。  あいつの俺への好意は、友人だと思っているからだ。それは分かっている。分かっていても、嬉しくなったり、期待してしまったりする。  その度に虚しくなる。  冷たいシャワーを頭から浴びる。火照った体も、自分の気持ちも冷やしたかった。  物音がした。  ドアの方を見ると人影があった。え。  そいつは普通に風呂のドアも開けてきた。 「なぁ、依、俺さっきさ……」 「ちょ……っ! ちょっと! 待てっ!!」  反射的に胸元を隠した。下を隠すべきだったか、いや、そうじゃなくて。すぐにドアを閉めた。 「話は後にして! 俺いま裸……っ」  大げさに取り乱してしまった。  でも気づくと、夏道はなんだか静かだった。そういえば今の声も、弱々しかった様な。 「……やっぱ怒ってる?」 「流石に入ってる時に開けられると……」 「そっちじゃなくて……」  どっちだよ。 「……話、ちゃんと聞くから。部屋で待ってて」 「……うん」  素直だ……。俺が怒ってるって、何にだ。  何故か不安になったので、早々に部屋に戻った。夏道はベッドの側に胡座をかいて座り込んでいた。  俺は隣に座る。こういう時は目を合わせない方が、話しやすい様だから。 「……話、聞かせてよ」 「……大分昔のことで、今更なんだけど……」 「うん」  夏道は唇をすぼめて、俺とは反対側の方を向いた。 「キスしてごめん」 「……は?」 「あの、小学ん時の。さっきお前の口拭いたのも、嫌だったんだろ? すぐ出て行ったし……」  本当に今更だけど、同じこと思い出してたのか……。  さっきのも嫌がったと思って……、俺の態度悪かったのか。呆けた顔で見つめたままの俺を見て、バツが悪そうだ。  何と言えばいいんだろう。 「……怒ってないよ」 「ウソだ」 「ウソじゃないよ」 「だって……あれ以来だろ。お前が素っ気なくなったの」 「え……」  素っ気無いのか、俺。そんなつもり全然無いのに……。 「俺……、お前に嫌われてんの……」  そんなつもり無いのに。  そんな顔させるほど、俺は……自分の事しか考えてなかったのか。  開いたままの俺の口が、勝手に動いた。 「好きだよ」

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