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航-1 メーデー
メーデー、こちら天四航 。だれか助けてください。
「捕まえたぞ……、天四……」
「イヤァ゛ーーッ!」
先生まで廊下を走ったぞ! 夏休み中で人が少ないからって良いのか!
お互い立ち止まって息を切らしてた。掴まれた腕をそのままに連行される。
両肩を押し下げ席につかせて、目の前で見下ろしてくるその顔は鬼。プリント用紙を机にドッカリと置かれた。たった一枚だけなのに百枚もあるように見えるのはなんでだろう。
「やだーーッ!!」
「いい歳してガキみたいに駄々こねるな。さっさと終わらせて俺を帰らせろ」
「先生が帰りたいだけじゃんっ!」
「そうだ」
手が伸びてきて頬をすくい取られた。その目線も声色も急に変わる。低くて色っぽい、大人の声だ。
「早く帰ってゆっくりしたい」
「っ……」
近くてたまらず逃げるように無理やり顔を下げた。
オレは、この人だけは苦手だ。
先生は隣の生徒の席に座って見張ってくる。
「今日は補習だから、一時 が居なくて残念だったな」
本当に。いっくんが居たら、この人は職員室へ行っただろうに……。
オレはいっくんが好き。高校からの付き合いだけど、いっくんと居るとすごく落ち着く。こんなドキドキしたり怖くなったりしない。
プリントと向き合ってみるけど……やっぱり気が進まない。チラリと隣を見ると、目が合う。すぐに目線を戻してしぶしぶ問題を解き始めた。
この人は六堂鐘人 、二十八歳独身。先生だけど、黒髪長髪をポニーテールにしている。
実はオレの親戚のおじさんの養子で……ややこしいけど、血の繋がりはない親戚の人。そして、一人暮らし中のオレの家に居候中。親は良い保護者代わりとか言って安心してたけど、オレの心境は真逆です。
勉強をしないのを見かねて、世話を焼いてくるようになった。とてもありがた迷惑。帰った後もまた別の課題をやらされるんだ。
「……先生さぁ、いつ家探すの」
「探す気は無い。お前もそれがいいのでは?」
背もたれに体重をかけて、腕組みをしながら偉そうにそう言う。勘弁してほしい。
オレはゲイだ。恋愛対象が男の、男。
性的趣向を隠す為に誰に対しても素直に好意を向けて、大げさなくらいの言葉を言う。本当に好きな人にも言っていた。その人にもバレる事はなかった。
再会するまでは。
両思いになれたとしても、愛情はいつか消えて去っていかれる。経験済みでよく分かっている。何にせよバレるわけにはいかなかったのに。
「──おい、集中しろ」
「わっ!」
いつの間にかすごく近くにいた。椅子を寄せてプリントを覗き込んでくる。まつ毛が長い。
「……俺を見つめるのは帰ってからにしろ」
「っ、見てないっ!」
「見てただろ」
この人には、バレてしまった。先生のこと好きなのバレてしまった。
メーデー、メーデー、助けてください。
この恋心を消してください。
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