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航-2 再会した人

 時は梅雨の時期まで遡る。  産休に入る先生の代わりにやって来たのがこの人だった。教卓を前に自己紹介する姿をオレは平然と見てられなくて、顔を見られないようにやり過ごした。  小さい頃から、親戚の集まりで顔を合わせるたび構ってもらっていた。無愛想だけど、話しかけたらちゃんと聞いて答えてくれたのが嬉しくて。オレの一方的たけど、喋る事に少し笑ったりするのが、いいなと思った。  忙しいと言う理由で来なくなってからだから、三年振りの再会だった。髪はまた伸びていて、バッサリ切る様子もないのは相変わらずだなと思った。  教室に来る前というか、名簿を見た時から気づいてたんだろう。ドアを開けて一番にオレと目が合っても、向こうは澄ました顔をしていた。オレはもう古典的に心臓が飛び出る思いだったのに。  今もそうだし……うるさい心臓を止めてしまいたい。 「──いや、止めたら死ぬわ」 「何を言っているんだお前は」 「あっ」  昼休みに資料室で二人きりで会っているところだった。親戚だしその辺で話があるんだろうけど、オレは考え事ばかりしてた。「ななんでもないです」と返事はしたものの、様子がおかしいのはあからさまだ。 「で?」 「で……?」 「家に泊まっていいのか、ダメなのか」 「ハイッ!?」 「声が大きい」  泊まる?  おとまり?  先生が、オレの家に?  ただでさえこのうろたえを隠せてないのに、うちでも一緒に居られたらそれこそ死ぬよ? 「だめですッ!!」 「そうか。荷物はすでに送ったから、端にでも避けて置いてくれ」 「にもつ!」 「お前の親には事前に許可を頂いている。快くな。聞いてないのか?」  「とりあえず住む場所決まるまで泊まるから、宜しく」と、ヒラっと手を上げて平然と言った。 「オレに許可を求めた意味とはっ!!」 「求めたんじゃない。聞いただけだ」 「なんということでしょうっ!!」  いちいち顔を覆って大げさにショックを受けるオレを見て、少し吹き出す様に俯いて笑った。  あぁ、その笑い方、変わってないんだな……。 「って、違うッ!!」  顔が赤くなっているであろう自分の顔を隠しながらまた声に出す。  この人に対する気持ちは静まったはずだった。なんで、また会うんだ。 不意に、オレの片手が顔から剥がされた。見えたのは先生の顔。じっと見てくるその目は、すごくドキドキする。 「もしかしてお前、まだ俺の事好きなのか?」  全部が固まった。オレの顔も手も、時間も。  オレにポーカーフェイスをしろと言うのは無理だ。その理由も含めて、誰に対しても素直に好意を振りまいてたんだから。  バレた。  違う、とっくにバレてた?  なんでバレた。  後ろに下がってヘタリ込むオレの顔を見下ろしてくる。文字通り、考えていることはお見通しのように。しゃがんで目を合わせて、可笑しそうに笑った。 「お前は分かりやすいな」  違う。オレはよくそう言われるけど、本当の気持ちを分かった人なんかいない。  顔が熱い。  助けてください、助けてください。  今とても、逃げ出したいです。

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