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航-6 限界

 おかげでさまで、今年の夏休みの課題は生まれて初めて順調に消化できている。けど……。 「航ってさ、六堂先生にはなんか異常に普通だよな」 「矛盾してないっ? ……まぁ、あれだけ勉強させてくる先生は初めてだしさ〜〜」 「それはお前が全然しないからだけどな。面倒見いい先生来て良かったな」 「よくないっ! もーやだーーっ!」 「アハハッ」  友達にそう言われるまでにオレの様子は変わっているらしい。やっぱり隠し事はできない性格だ。前の調子に戻りたいのに、あの人がそうさせてくれない。  あの人は他の子にはここまでしない。授業は無駄なお喋りがなく淡々としていて、聞かれたり頼られれば相手をするくらいで面倒見が良いわけではない。  オレが勉強しなさすぎる所為か、親戚のよしみで世話しているつもりなのか。嫌がりつつも二人きりの時間はまんざらでもないし、その対応に特別を感じてしまう自分は単純だと思った。  それでも、先生を見てドキドキする度怖くなって逃げたくなる。  この気持ちは本人に知られているから。  ──「言いたいことあったら、聞かせてよ」  いっくんと海へ行った帰り、そう言われていた。心配させて申し訳なかったけど、声をかけてくれて嬉しかった。  いつか言ってみたいな。  好きな人がいるって。  その人のどこが好きとか、一緒にどんな事をして楽しかったとか、そういう話を聞いてほしい。この気持ちでいる時も楽しくいたい。  バレる前の時間に戻りたい。  オレも懲りないんだけど、逃げなきゃ本当にずっと一緒だから全力で逃げる。  でもやっぱり捕まって、今も家で勉強をさせられている。 「先生はオレをどうしたいの……」  ため息が出てノートに顔を落としていると、隣に座っている先生は小首を傾げた。 「どうして欲しい?」  またそれだ。毎度それしか言ってこない。自分の考えてる事を教えてくれないから、オレの反応を楽しんでいるとしか思えなかった。  本当に四六時中一緒なのに、こんなに苦しいのに、この人は今も余裕顔で。  ずるい。  目を擦って涙を拭う手を掴まれた。歪む視界で先生の顔を見たら、なんだか戸惑った顔をしているように見えた。  引っ張られたと思うと、体がじんわりと暖かくなる。抱きしめられた事に気づいて強く押し離した。顔は涙でグズグズだけど、オレは怒っていた。 「やめろよ…っ! そんな気もないクセに! 来るなよ!」 「航」 「来るなよっ!! どうせまたどっか行くくせに!!」  幼いオレを見下ろす女の人。目を逸らして背を向けて、ドアを閉めて出て行った。  こんな事を思い出すなんて。だから嫌なんだ……似たようなこの気持ちは。 「どうせ……いなくなるくせに……」  抵抗する力を出せなくなるまで、先生はオレの手を握っていた。 「航……どうして欲しい」  性懲りもなくまだ聞くのかよ。 「もう勘弁しろよ…っ……、好きにすればいいだろ……」  無視も突き放すこともしないでただそう聞いてくる。言えば受け入れるつもりなのか。それもオレは怖かった。  片腕を解いてやっと離れると、その手で頬に触れてきた。涙を拭う指はすごく優しかった。  顔が一層近づいて、キスされた。

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