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航-7 裏腹の思い

 大切な人に去っていかれるのが何より怖い。  素直に好意を伝えるオレは、素直に好意を受け入れられない。めんどくさい奴だ。  唇を重ねるだけのキスだった。  先生は顔を離すと、少し何かを考えてから口を開いた。 「愛してる」 「─……」 「……何故固まる。お前がよく言う言葉だが?」  イタズラな顔をして笑っている。オレは何も反応できなくて、ただ涙が流れ出る目尻にキスされた。おでこに、頬に、ゆっくり優しくして、唇にきた。角度を変えて口付けを深められて、思わず避ける。 「航、逃げなくていい……。俺は何処にも行かない」  この人はオレの家の事情も知っている。その上で言ったんだと分かって、目の前の胸板に突っ張らせた腕が緩んだ。 「……俺は何人かと付き合った事はあるが、俺の考えている事が分からないとか虚しいという理由で全て振られた。自分の意思は必要無く、相手の要求に応えて受け入れるのが当たり前だと思っている」  顔を上げられないままでいると、先生は徐に話し出した。静かに、語りかけるというより独り言を言うような声に、ただ耳を傾ける。 「好意を向けられるのは嫌いじゃないんだ。必要とされているなら側に居ようと、ただそれだけで。これが問題なのかと最近思うが……性分だ。……それなのに押しかけるように来たり、逃げるお前を捕まえてまで世話を焼いている自分には驚いている。俺にも自分の意思というものがあったのかと」  自然と頭を上げて、物憂げな表情で話す先生を見つめていた。こんなに喋るのを初めて聞いた。初めて自分の事を話してくれている姿を見てオレは聞き入っていた。目が合うと、その顔はほころんだ。  首筋に手が触れてきて体がピクンと跳ねる。ゆっくり引き寄せられると身を委ねるしかなかった。引こうとすると力を込められて、捕まったような気分になって動けなかった。  にわかには信じられない。  先生もオレを好き? 「……俺の好きにしていいのなら、お前の側に居たい。これは俺の意思だ」 「……あいしてる?」 「お前を愛してる」 「すき……?」 「あぁ、好きだ」  耳元で囁かれて、頭がクラクラしてきた。先生の声は本当に色っぽくて、優しい。熱い指先がいやらしく唇をなぞって、開かせた口から覗く八重歯を弄ると、舌に触れてくる。 「好きにしていいんだよな……?」 「……逃げてもいいですか……」  そこに刺していた視線をオレに向けて微笑うのを見て、言ってはいけないことだったのかもしれないと後悔した。微かに唇を震わせて小さく言ったオレに、先生はニヤリと笑う。  あぁ、そうだった。何度逃げても捕まっていたのを思い出した。  逃げきれるだろうか。  この人から。恋心から。  ……いつか去っていかれる前に。  考えている事とは裏腹に、オレの手は好きな人の服をぎゅっと掴んでいた。

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