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航-8 事のあと

「……好きにしろとは言ったけどさ……」  横目で隣の人を見ると、片膝を立てて座りつつタバコをふかしていた。  あ、鳥のさえずりが聞こえる。いい朝ですね。 「なんで最後までしちゃうかなあッ!!」 「……すまん」 「先生は先生だよね!? オレ生徒! 分かる!?」 「あぁ」 「良かった分かってくれて! おはようございますッ!」 「おはよう」  我慢できなくて布団を被る。幸福感と余韻と先の不安と、頭の中はごちゃ混ぜだった。 「しかも……何回も……」 「お前もしがみついて善が──」 「ファーーーッ!」 「初めてではない割に初心な反応だな」  それは相手が鐘人さんだからッ!!  ……と言うのは寸前で止めた。必死に落ち着こうとしても、晩の事を思い出すばかりだ。 「……どうして欲しいと何度聞いても、お前は何も求めて来なかっただろう。言わないだけだろうが、それでも俺の好きにしろと。……そう言われたのは初めてだった」  布団の隙間から覗き見たけど、下されている髪のせいで鼻くらいしか見えなかった。  先生は今、どんな顔してるんだろう。  昨日言ってくれたあれ( ・ ・ )は、本当の事だったんだろうか。初めて自分の意思を言ったんだろうか。  タバコを灰皿に擦り付けて放しこっちを向くと、いつもの平然とした顔をしていた。寝転がっているオレに被さるように片腕を置く。見下ろしてくるその視線からは逃げられなかった。 「だから俺の好きにした。……だが、これも問題だろうな」  先生はどんな人生を歩んできたの。  親戚の養子というくらいで、詳しい事情は知らない。今までその辺を気にも留めた事がなかった。  先生のこと知りたい。  単に好きでいるだけだったけど、知りたくもなった。そう思うと、無意識に両手が相手の頬を包んでいて、先生は一瞬驚いた目をしたけど、擦り寄るようにして自分の手を添えてくる。 「俺の事好きか……?」 「ま…まだ聞くの?」  問いへの答えを待つかのように見つめてくるだけだったので、不意打ちへの仕返しを含めて小さく言う。 「愛してる……」  先生は満足げに「そうか」と言って微笑う。  何の気なしに言っていた言葉に、初めて重みを感じた。本当の意味で相手に伝わった気がして、それはやっぱり、嬉しくて……。  名前も久々に呼ばれて、すごく嬉しかった。昔は名前で呼び合っていたから。晩も……、何度も呼んでくれて、オレもたくさん呼んでいた気がする。 「鐘人さん……」  改めて呼んでみたけど、我に帰って恥ずかしくて手を引っ込めた。何か面白いオチでも言おうとしたら、目の前の顔を見て固まってしまった。  恍惚とした眼差しで、口角が上がっている。  ……逃げなきゃ。 「もう一回す──」 「しませんッ!!!」

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