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依-19 海夏さん
夏道が鈍感なのをいいことに、本当の事を言わないでいる。
俺はいつまで耐えきれるだろう。いつまで曖昧な関係のまま、気持ちも隠し続けられるのか。
少しの寝返りも打てなかった体はガチガチに固まってるが、拘束されている感覚はもう無かった。夏道は先に起きたらしい。
ゆっくり瞼を開けてみると、目の前に誰かが並んで横になっていた。頬杖をついてこちらを見ている。夏道ではない、小柄な……女の人?
「わっ!」
「アハハッ!」
誰か分かった衝撃で目が覚めて、飛び起きると後ろの本棚に頭をぶつけた。笑い声には聞き馴染みがある。夏道のお姉さんだ。
「海夏 さん……」
「おはよう。相変わらずからかい甲斐があるねぇ」
「おはようございます……」
海夏さんは悪戯に笑いながら起き上がると、布団を片付けるように言ってくる。
「アイツは走りに行ってるから、先にご飯食べちゃお」
「はい」
顔を洗って戻ると、食事は既に並べられていた。向かい合わせに席に着いて手を合わせると、海夏さんは早速自分のペースで食べ始める。
起きてから流れるように食事まで頂いている。俺が泊まったのも、会うのも久々なのに、この人はいつも通りの態度だ。それは少しくすぐったくて、小さい頃一緒に過ごしていた時期を思い出す。
まるで三人姉弟のように相手をしてもらっていた。色々とからかって俺の反応を楽しんで、夏道は庇ってくれたりもしたけど、二人が結託して俺は遊ばれる事が多かった気がする。
さっきはこちらの台詞だと思った。相変わらず、俺をからかうのが好きらしい。色々思い出したお陰で、変な緊張感はすっかり解けていた。
「あ、そういえば、家を出るって聞きました」
「ん? あぁ、出るよ。彼氏と同棲すんの」
「……彼氏?」
「一人暮らしは金銭的にキツイからさ、彼氏んとこに転がり込もうかと。家賃とか折半してさ」
「へ、へぇ……」
彼氏……。あの海夏さんに……よくできたな。
「今、失礼な事思ったろ」
「そそんな」
「アンタ分かりやすいからね」
いや、いじわるな面もあるけど面倒見のいいお姉さんである。少し厳しいけどその分しっかり者なので、リードされたい相手ならきっと相性は良いだろう。はい。
海夏さんはあいつとは真逆で勘が鋭くて、俺の思った事も毎度見透かされていた。今も当てられて、その恐ろしさを再認識した。
ふと、進めていた箸を止める。
こう言うのも何だが、俺は、当時は今以上に夏道の事しか考えていなかった。なので今更に思う所がある。
もしかすると、この人にはバレているかもしれない。本当に今更だけど。
「アンタ等も付き合い始めたんでしょ?」
「はいっ?」
「前に、夏道が嬉しそうに話してきたんだよ。大変だねぇ、アンタも」
何故話すのかな、あの野郎。
でも恋人という訳では無い事も知っているならセーフか?
だとしてもおかしな関係を家族にしかも嬉しそうに言うなよ……。
「好きな相手にそんな関係を迫られたアンタには、同情するわ。我が弟ながら馬鹿だよねぇ」
「………」
変わらないテンションで言ったこの人は、ご飯を頬張って咀嚼している。
俺は口に含んでいたものをお茶で流し込んだ。コップを静かに置いても、残った氷が俺を嗤う様にカランと鳴った。
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