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依-20 矛盾する思い
相手の思っている事が嫌でも読み取れてしまい悩んだ時期もあるらしいと、夏道から聞いた事がある。この人に黙秘や誤魔化しは無駄な足掻きで、顔を見られない様に下を向いたままでいても所作全てが答えになってしまう。
「……まぁ、どっちでもいいけどさ」
食事を終えたのか箸を置く音がした。恐々と目線を上げると、海夏さんは真っ直ぐ俺を見ていた。
「依が言わなきゃ、アイツずっとあのままだよ」
「それでいいの?」と、続けて言った声色と瞳は優しかった。
同じような問い掛けを他の奴にもされたな。夏道のお姉さんにまで言われるとは思わなかった……。
「アンタも馬鹿だねぇ」
それで会話を終わらせてくれたのか、立ち上がって空の食器を台所へ持って行った。複雑な胸中のまま何も言えずに居る俺の顔を見て、海夏さんは笑う。
「アンタ等お似合いだと思うよ。依が相手ならアイツはヤバくならずに済むんじゃないかな」
そう言い残して大学へ出かけて行ってしまった。どういう意味だろうか。本物のお付き合いの許可を貰えた気もするけど……。
少し経つとまた玄関のドアが開く音がして夏道が帰ってきた。
「おかえり」
「おう。もう飯食った?」
「うん」
「俺も食うから、そのあと図書館行こうぜ。今日で夏休みの課題全部終われそうなんだ」
「うん」
俺の荷物は昨日からそのままなので、此処から直接行ける。服は着て来た自分のに着替えた。
八月の終わりでもまだまだ気温は高く、並んで歩く隣の人も相変わらず熱い。日当たりの良い場所の木々は赤く色づき始めていて秋の兆しを感じた。
会話は特になくぼうっと歩いていると、ふと思い出す。
「夏道さ、海夏さんに俺達の関係言ったの……?」
「あ? あぁ、お前と付き合う事になったって」
「……それだけ?」
「……うん。何で?」
「いや、よく言ったなと思って……。男同士なのに」
「あ、その辺は気にした事なかった。確かに言いづらい……、のか?」
「普通はね」
こいつの言い方は性差別が無いというより、思考がかなり自分中心だ。
海夏さんは何をどこまで分かっているんだろう。俺の事は快く受け入れてくれているみたいだけど、正直やはり恐ろしい人だ。でも、バラす様な真似はしないだろう。自分で言うのが道理だという口振りだったから。
……自分で……。
言えるのかな。
モヤモヤと悩み込んで視線を泳がせていると、夏道の目線とかち合った。難しそうな顔をして見つめてくる。
「なに」
「……分かんねぇ」
珍しく夏道の方から視線を逸らした。こっちはもっと分からん。
この関係がいつまでも続いてくれたら良いのに。
苦しいとかいうくせに、そう思う自分が居る。矛盾した思いが心の内で渦巻いていた。
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