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夏道-7 夏祭り

 夏休みの最終日、俺ん家の近くの神社で祭りがある。依と二人で行くつもりだったけど、前日の練習中、話の流れで野球部の連中と行くことになった。依とは現地で会う事にした。 「あからさまに不機嫌な顔ウケる」 「焼き鳥買ってくる」  部活中の団結力は普段はまるで無い。仲は良いんだけど。誠は既にラムネを手にしていて俺を見て面白がってるし、大護は屋台に吸い込まれて行くし、他の連中も目にとまった所へはしゃいで向かって行く。まぁ俺もその一人で、依の姿を探して見渡しているんだが。  それぞれ人波の中へ消えて行った。花火が上がる時間には穴場スポットへ集合予定だが、ちゃんと集まるかは謎だ。みんなで来る意味はあるようで無かった。 「あっ、依!」  姿を捉えたと同時に手を挙げて声を投げると、依は振り向いて小さく手を上げた。  人を避けながら駆け寄って見ると、コイツは今年も浴衣姿だった。よくよく見れば柄のある鼠色の浴衣に紺色の帯でシンプルだ。着こなしが綺麗で、いつもより大人っぽく見える。長い前髪もこの時ばかりは両側に分けていて表情がよく分かる。 「やっぱ浴衣似合うな」 「……どうも。みんなは?」 「みんな好きなとこ行った。あとで集合するけど。多分な」 「そう」 「俺等も行こうぜ」  屋台の通りを歩きながらあれがどうだとかこれ欲しいとか、一つ一つに止まって眺めた。 昔は依の手を掴んで突っ走っていたけど、年を重ねるごとにゆっくり回るようになった。密かに目を輝かせて楽しんでいるコイツの顔を見ているほうが楽しくて。  ひとしきり巡って遊んだ後、人混みから隅へ抜けて腰を落ち着かせた。依は綿あめを見つめつつ小さく摘まんで口に入れている。ニヤけながら眺めていた俺に気づくと恥ずかしげに睨んできた。 「なに」 「俺も食いたい」 「はい」  差し出された切れ端に直接口を付けると指も一緒に入ってしまった。眉間にシワを寄せて指先を見つめていたから、ベタついたそこを咥え込んで綺麗に舐め取った。  指から口を放しながらこれでいいだろと言うつもりで依を見ると、赤面していた。長い睫毛をバタつかせながら目が泳いで、手を無理やり引っ込めた。  イタズラ、怒られると思ったんだけど。 顔を隠すように前髪を垂らしたから、思わず俺が指ですくって耳に掛け直した。 「垂らすなよ。折角ちゃんと見えるのに」 「見るなよ」 「照れすぎだろ」  むくれて黙ってしまうけど、そんな可愛い顔されたら見るだろ。性懲りも無く手を当てて隠すから、その手を掴んで一緒に立ち上がらせた。 「な、なに」 「そろそろ花火の時間だろ。行こうぜ」  そのまま引っ張って行く。手を離そうと引く力を感じたけど、そのうち諦めたように緩んだ。  お互い黙ったまま、重なる手のひらは熱かった。祭りの灯りは届かず、ホタルの光が静かに灯る夜道をゆっくり歩く。時々隣を見て、反対側に逸らしている顔を伺った。歩くたびに揺れる髪と、唇から耳にかけての輪郭を見ていた。浴衣の襟から覗くうなじは暗い中でも目立って見えて、手のひらは汗で濡れはじめて、今日は特に暑い日なんだと、ぼんやり思った。

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