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依-22 不機嫌な奴
「すみません先生、保健室で手当てして来ます」
とにかく夏道を連れ出したくて待たなかったが、背後から先生のぼやけた返事が聞こえた。
保健室は先生が不在で二人きりだが今は都合が良い。
自分で頬を手当てしながら、椅子に座らせた夏道の様子を伺った。やり場の無い怒りを鎮めて居るみたいだが、顔はまだ怖い。
小学生の頃、俺がいじめられているのを助けてくれた事がある。でも度が過ぎて、いじめっ子を病院送りにして夏道が逆に怒られて問題になった。野球クラブも辞めさせられそうになって、野球の為に、以降暴力はしなくなった。その代わり物に当たったり言葉の暴力で相手や周りの人まで萎縮させた事もある。
それでも稀な出来事なので、さっきは正直焦った。
普段大人しい奴を怒らせると本当に厄介なんだ。
「全然大した事無いでしょ。擦っただけだし」
「……」
「そんな風になるなら、夏道がボール止めてくれたらよかったじゃん」
「……確かに」
あ、そこはそう思うのか。
手当はすぐ済んだけど、戻るにはこいつの機嫌を直させなきゃ駄目だな。
ふと両手を出して、眉間のシワを指で伸ばしてみた。不意打ちに目を丸くした夏道は少し面白かった。けれどまた元に戻ってしまい、俺の手は静かに下ろされた。
「お前が怪我すんの、久々に見たから……」
「……そう」
「ちゃんと消えるかな」
「赤くはなってるけどそのうち消えるだろ。大げさだな」
このくらいの怪我はたまにしてるんだけどな。前ぶつけた頭にはたんこぶ出来てたし。というか、夏道の方が部活とかで怪我していると思うのだけど。
「別に怒るのはいいんだけどさ、お前歯止め効かなくなるから」
「……コレでも感情のコントロールは上手くなったと思うんだけど」
「さっき俺が連れ出さなかったらどうしてたの」
「お前を連れてここに来てた」
「そうか……。上手くなったね」
気にし過ぎだったか。俺が思っていたより夏道は成長しているらしい。
夏道はまた黙ると、立ったままで居る俺の腰に抱きついてきた。
「……くすぐったいんだけど」
返事が無い。これで機嫌が直るならさせておくべきか。でも俺はこれを耐えるのはちょっと……、腰はちょっと……弱いんだが。
頭を擦り寄せながら腕を組み直されるのもくすぐったかった。思わず夏道の頭に手をやる。徐に手を這わせてきて堪らず髪を掴んで身を屈めた。
「いい加減にしろ……っ」
漏れそうな吐息を必死に抑えて言葉を振り絞った。
「……お前弱い所多いよな」
「やっぱりわざとかよ……!」
「腰細いなー」
「触んなってっ」
顔を上げないが馬鹿にした様に笑っているのは分かる。憎たらしい頭を叩いて身を引っぺがした。今の悪戯は洒落にならん。
「サボらねぇ? 昼寝でもしようぜ」
「戻るぞ」
俺の顔を見て笑っている。機嫌は直った様で何よりだ、阿呆。
体育館へ戻ると注目を浴びたが、なるべく平然としていた。航が明るい声で「おかえり」と声を掛けてくれたお陰で場の空気は元に戻った。
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