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依-23 文化祭 準備
「天四! 廊下走るなっ!!」
大股で走っているような足音の主は、先生の声で分かった。
「あっ、いっくん!」
「また走ってるの」
最近、航は何かから逃げるように走っている事がある。先生の注意を軽く躱して教室に戻ってくると、安心したように自分の席に着いた。
目の前の席だから、ふと、見えてしまった。
「首、蚊に刺されてる」
俺が指をさして指摘すると、航は数秒不思議そうにして、ハッと素早く手で隠した。顔を赤くして、「えへへ……」と笑って誤魔化せていないので流石に察してしまった。付き合っている相手に付けられたんだろう。
一番上のボタンまできっちりとめたのでもう見えないが、襟元から見えるか見えないかという位置にあった。こいつは関係を隠したそうだが、相手はそうでも無いのか。
気まずい空気になったので俺の方から話を切り替えた。
「あのさ、一緒にやって欲しい事あるんだけど」
「なに〜?」
「タノシイコトダヨ」
「いっくんのカタコト口調初めて聞いた! 楽しそうっやる〜〜!」
九月末の文化祭に向けて、夏休み明けから徐々に準備が始まった。
催し物によっては夏休み期間から始めているクラスもある。うちのクラスは喫茶店をやるため、装飾作りをメインにのんびりと準備していた。飲み物や軽食はメニューだけ決めて前日に用意し、接客担当は持参のエプロンを着用する。というのが当初の予定だった。
女子達が何やら目論んでいたらしく、接客担当はエプロンではなく手作りの衣装を着ることになった。テーマは「執事とメイド喫茶」で、執事服は女子、メイド服は男子が着る、いわば男装女装喫茶だ。発案者達が積極的に動いている為、安易に許可された。
と、ここまで前置きしたのは嫌な予感が的中したというわけで。
実の所中学でもターゲットにされた事があるから、声を掛けられる前にチラチラと視線を向けられていたのでまさかとは思った。
本当にそのまさかだった。何故俺なのか。苦し紛れに、もう一人のターゲットは俺が推薦した。
「アハハッ! また女装するんだ。似合うからいいじゃん」
それを聞いた隣の奴は楽しそうにしている。
「シックで素朴なものにするらしいから、前よりマシではあるけど……」
「へぇー。前のすっげぇフリル付いてたよな。お前人形みたいでさ」
「思い出したくない……」
夏道に愚痴をこぼしてもあまり意味は無かった。思い出話は聞き流して不満気に弁当のおかずをつつく。
「そっちは何するの」
「フリマ。前日に物持って来て並べるだけだしやる事ないわ」
羨ましい。
俺は用意されたメイド服を着ての接客と、客寄せの為に校内を歩く担当になった。服を作る女子達はとても楽しそうだったから、その姿を見ると断れなかった。
道連れにした航はそんな女子達と混ざって楽しそうにしている。
こいつが一緒なら、俺もまだ楽しめると思ったんだ。
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