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夏道-9 文化祭 一日目

「な、夏道……?」  ドアに手を掛けたまま振り向かないでいる俺に、依は恐る恐るという感じで声をかけてくる。  まだ、どんな顔して振り向けばいいか分からない。  やっぱりメイド服のコイツは可愛かった。  でも周りの奴がジロジロ見ているのは面白くない。腹が立って、誰にも見られないようにどこかに閉じ込めたくなった。  この前も似た衝動に駆られた。依の顔にボールが当たったのを見て、心配よりも、自分のモノを傷つけられたという怒りが湧いた。  理性を失って動く前に依に手を引っ張られて、暴走する事はなかったけど、俺が先に手を引いていたら……、依をメチャクチャにしていた気がする。  そんな事をすれば依に嫌われていただろう。そうならなくて良かった。  それでも、この衝動の止めるのは難しい。  いつか傷つけてしまいそうで……怖い。  不意に、裾を引っ張られた感覚がして振り向くと、依に見上げられていた。 「どうかしたのかよ……」  怖がりつつも心配そうにされて、胸が詰まった。引き寄せてしがみ付くように抱き締めると、その体は強張って両手は行き場を無くして浮く。  耳元で溜め息が聞こえると、両手を俺の背中に回してきて宥めるようにポンポンと撫でた。面映さを感じて首元に顔を埋める。  依の方からこういう事されるのはほとんどないから、嬉しい。 「もっとして」  口元は緩んで、わざと首筋に息をかけるようにして囁いた。ピクンと跳ねて面白い。  静かになった。  怒ったか。  どんな顔をしているのか気になって少し離したら、手で押された。下がった所で椅子に引っかかってトンと座ってしまい、依から見下ろされる形になった。  怒っているような、呆れているような顔をしている。服装の所為かいつもとは違う雰囲気でドキッとした。  首に腕を回してきて抱きしめると、犬でも愛でるようにわしゃわしゃ頭を撫ではじめた。何が起きているのか理解できずに胸の中で呆然としていたら、強めにぎゅっと抱き締められて、それを最後に依は離れた。 「終わり……っ」  火照った顔を下手に隠してそう吐き捨てた。  やはり怒っていたらしく、半分ヤケクソでしたようだった。けど、移されたように俺の顔も熱くなった。 「よ、依……」 「戻る。じゃあな」  伸ばした手を躱されて、そそくさと鍵を開けて出て行ってしまった。  顔が熱い。  めっちゃなんかされた。  いや、もっとしてって言ったのは俺だけど。  嬉しいのか恥ずかしいのか、何なのか分からない。  分からないけど、これはもう、「友達」に対する気持ちで無い事だけは理解できた。  頭を抱えて項垂れる。 「生殺しじゃねぇの、これ……」

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