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依-25 文化祭 一日目

 早足で教室へ向かう。すれ違う人達の視線は今は気にも留めず、頭の中はさっきの事で埋め尽くされていた。  仕返しのつもりだった。  怖い思いをさせた自覚はあるのかないのか。やっと振り返った時は辛そうにしていた様子が、打って変わって小刻みに肩を震わせていて、イラッときて反撃する気が湧いた。  昔からやられっ放しだし、この勢いのままどうしてやろうかと、椅子に落とした夏道を見下ろした。若干、潜在的にしたいと思っていた事をした様な気もするが、俺のカウンターは成功した。  あの呆けた顔がまだ鮮明に眼に浮かんで、口端が緩んでしまったのを手で隠した。  あいつのスキンシップが濃いのは今に始まったことじゃない。けど最近は異常とも思う。  抱き締めるのは兎角、手付きとか言い方とかやけにいやらしいと言うか……。俺の心臓が持たないし、別の意味でも困っている。  熱くなっている体を誤魔化すように小走りで向かっていけば、教室へ辿り着いていた。 「……航は?」 「あっ一時君! お帰りなさいっ。お客さん早速待ってるよー」  執事服を着た接客担当の子が、戻ってきた俺に笑顔を向けてヒラヒラと手を振った。  その服は一応男性服だが、デザインは黒の燕尾服をベースに細部の装飾が凝っていて、体のラインも出て女性らしさを感じる中性的なものだった。靴のヒールが少し高いので尚更。髪は結んだり、短髪のかつら……、ウィッグを被っている。  客の視線も集まっており、開始早々店内は盛況だった。 「天四はまだ帰ってないよ。サボってるかも」  有り得る……。  とりあえず俺はメニューを再確認して、接客を始める。  ……言わなきゃならないんだよな……。  でも、無理に可愛く振る舞う事はしなくて良いと言われているので、崩れそうな精神を押し固めて腹を括った。 「お帰りなさいませ、ご主人様。本日のデザートは何に致しましょう」  御客を真っ直ぐに見つめて、内心自分でも苦笑いする程の棒読みが限界だった。  相手の男性客は顔を赤らめて目を泳がせている。そうしたいのは俺なんだが。早く注文してほしい。  後方で女子が悶絶しているのを聞いた。  接客の他に写真撮影のサービスもある。明日の一般公開でもすると思うと、既に心が折れかけていた。  何処へ行ったんだ航は。  道連れにした意味が無いだろう。

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