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誠志郎-6 文化祭 一日目

 大護が目の前に立ったことに気づくと、手が伸びてきて俺の上着のボタンを外し始めた。 「……いや、自分で脱げるし。オカンか」 「暑いだろ」  少し強張った腕を上げて、その手を払った。  コイツの行動は時々ビビる。  割りと長く一緒にいるが、何を考えてるのか分からない顔は、面を付けているかのようにずっと変わらない。部活中に口角を上げているのを稀に見かけるけど、それくらいだ。  背丈は俺と同じだが、アイツみたいに筋肉質で逞しい体つきをしていて横から見れば分厚い。俺もそこそこ筋肉付いてると思うんだけど、二人は規格外という事で。  そんな奴の太い腕が不意に伸びてくると、一瞬だけ畏縮してしまう。ましてや真顔で見つめてくるから。 「自分でやるって……。ていうか更衣室で着替えるから」 「誠」 「なに」  ぽん、と、俺の肩に手を置いてきた。 「明日も頑張れ」 「……嫌だわぁ〜」  更衣室では団員たちに演劇部へ勧誘されたけど即断った。俺野球部だし。大護の腕を掴んで、逃げる様にドアを開けて出た。 「さて、文化祭を楽しむか。どこ行こっかなー」 「串焼き……」 「……まぁ腹減ってるし、その辺から回るか」  伸びをしながら気怠げに足を進めて体育館を後にした。  楽しげに駆けていく生徒とすれ違い、模擬店の宣伝をしている大きな声が聞こえてくる。関係が丸分かりな様子で居る男女も其処彼処で見てとれた。  アイツも恋人と一緒に居そうだしなぁ。でもさっき劇観てたし、声は掛けたいな。  ぼんやりしていると、何かが唇に触れて中へ入り込まれた。  硬いけど艶っぽい、香ばしく甘いタレの味が口の中に広がっていく……。 「……せめて何か言ってから突っ込めよ」  大護が俺の口に焼き鳥の串を挿れた。いつの間に居なくなって買ってきたのか知らないが、黙ったまま自分も咥えて咀嚼している。  屋台の並ぶエリアまで来ると、微かだった食べ物の匂いを強烈に感じた。熱風に煽られて折角引いた汗がじわりと滲み出る。青空の下、外でやってる奴らは大変そうだ。  雑踏に紛れて屋台を物色していると、ふと、遠くのベンチに座っている広い背中の男子生徒に目が引かれて足を止めた。  夏道だ。  声を投げると、こっちに気づいて振り向いた。フランクフルトを口にしたまま、軽く手を挙げて応えている。  自分の視力もあるが、特定の相手への感知能力に内心苦笑いした。  夏道は側まで来た俺らの顔を見上げてニッと笑う。 「見てたぞ。誠は演技うまいんだな」 「アハハ……まぁ、やるからにはやり通す性分だし。でもやっぱメンドイわ」 「ははっ」  予想していた事を初っ端に言われて、首を掻きながら腰に手をついて項垂れる。コイツの冷やかしのない言いようは、逆に小っ恥ずかしいんだよ。  周辺を見渡してあの人を探す。 「恋人は?」 「あー……、アイツは模擬店で忙しいから」  変な事を言ったつもりは無いのに、コイツまで首を掻いて目を逸らした。  なんかあったのかな。もう別れる危機とか?  ……性格悪いな俺。  それでも俺にとっては好都合だ。遠慮するばかりだけど、一緒に遊びたいのは山々だし。 「じゃあさ、一緒に回らね?」 「おう」  まぁホントに二人が別れたとしても、告白する勇気は、無いんだけど。

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