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依-26 文化祭 一日目

 あと一時間程で終了という頃に、航が靴音を響かせて戻ってきた。裏方の子も気づいて、鬼の形相で説教を始めた。 「航!! おっそい!」 「ごめん、みーちゃんっ! サボったついでに宣伝してたっ」 「堂々とサボった宣言してんじゃないわよ! あんた明日交代無しでやってもらうからね!」 「えぇーーッ」  宣伝していたのは本当らしく、後から新客が数人入ってきた。俺が空いている席へ軽く捌き、目を据わらせて悠然と向かって行く。  俺に気づいた航は笑顔になって手を挙げようとするが、一瞬で顔を引き攣らせた。代わりに俺が口端を上げて、優しくその頬に触れる。反射的に退こうとするのを指に力を込めて止めんとする。 「い、いっくん、ごめんねっ」 「遅い。俺がどれだけ……羞恥を晒したと……」 「いっくんは可愛ぅぐ……ッ」  親指を反対の頬へやると挟むようにして掴んだ。必然的に唇が突き出て阿呆面になる。光景を見ていた女子達が黄色い歓声を上げた。携帯をこちらに向けたり、シャッター音も聞こえたり……。  俺が何をしてもずっとこの調子で、航は来ないしで……本当に辛かったんだからな……。  航がやっと戻って来て、怒りよりも安堵を覚えた。  心苦しそうに目を瞑って、モゴモゴと唇を動かしている顔から手を放す。サボった理由は安易に見当がつく。航の襟元を直して溜息を吐いた。  こいつが居るだけで気持ちが和らいでいく。思わず弱音が出てくる。 「俺の側に居ろよ……」 「っいっくん……!」  突然に強く抱擁された。 「いるッ! 一生いっくんの側にいるッ!!」 「いや、この服着てる時だけでいい」  頬を擦り付けてくるのを犬みたいだなと思いながら、離せと訴えるように軽く背中を叩いた。嗚呼、シャッター音がうるさい……。  残り僅かな接客では平静を保てた。航は調子良く楽しげに振舞ってくれるので、場の空気も吸いやすい。  既に写真は撮られまくっていたが、最後にお客と航とのスリーショットサービスをして、文化祭一日目が終了した。  夏道は、あれから追って来る事無く顔も見せず、それが少し不安だった。  でもやり返せたのは新鮮だったし……、次からは強気で相手してみようと心に決めた。

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