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依-29 文化祭 後夜祭
「……お前はこの状況、おかしいと思わないの」
「んー。ただの生理現象だし、別に。あ、でも喋ってる方が鎮まりやすいかも」
そうじゃなくて、発情中の男抱き締めて自分も鎮めてるこの状況の事を言っているんだが。
男としてどうなんだ。
盛る年頃の筈だが、こいつの性欲がどうなっているのか理解出来ない。野球馬鹿なだけでは済まないのでは。
飄々と笑っているその態度に呆れる。
そもそもこの手の話は出来るだけ避けてきた。言い回しも、言及も、目を向けるのも。
俺の努力が今の発言で無駄と言われた様な気になった。
お前の一挙手一投足に、どれだけ身を焦がしているかも知らないくせに。
直接的な言い回しを思うのも恥ずかしいのに……。
固く体育座りをしていた足を崩して小さく息をつく。呆れ返って俺のは静まっていた。後ろの奴は体も火照っていてまだ元気そうだけど。
……いつまでこの状態なんだ。
顔を上げて背後に身を預ける。その腕も肘置きにして、気が抜けた分、冷静かつ寛ぎ始める自分が居た。
夏道はさっきから黙ったまま。
「……まだ?」
「……うーん……」
「トイレでしてくれば」
「お前冷たい」
俺にどうしろと。
橙色の明かりが消えて部屋は一層暗くなった。人工の灯りがチラチラと動いて時折入ってくる。グラウンドでは後夜祭が始まったらしい。微かな音楽と賑やかな声が聞こえてくる。
……本当に、会えてよかった。おかしな事にはなっているけど。
次会った時は強気になんて、出来なかった自分が情けない。最近の夏道の変化に戸惑ってもいたから本当に怖かったんだ。どんなに強い関係も切れる時は一瞬だというから。
でも切れてしまうくらいなら、気持ちを伝えておけば良かったとか考え過ぎなくらい悩み始めていた。
夏道と一緒に過ごしたい為だけに、親に無理を言って同じ高校を選んだ。
せめて高校まではできるだけ一緒に居たいんだ。
まだ一年の秋。もっと一緒に居たいし、一緒に遊びたい。
そう思っているなら少しは素直になれと自分に呆れるけど、……素直になるってどうしたら良いのだろう。羞恥を捨てるとか?
難しいな……。
「依……」
「夏道」
夏道の手が顎に触れて、俺の顔を自分に向けようとしている。ほぼ同時に呼ぶと止まった。
さっきより背後の熱が増していた。その指も、首に掛かる吐息も熱い。日が沈み少し肌寒くなった今では心地よく感じる。
「何……」
「………ねむい」
「は……?」
不安に苛まれながら探し回っていたから、夏道の中で安心して落ち着いてしまうと眠気に襲われた。
重い瞼がゆっくり閉じていく景色に面食らった表情をする夏道が見えて、俺を呼んでいた。それは何だか面白くて心の中で笑った。
遠のく意識の中で、夏道が反応した理由は分からず仕舞いだなと思った。
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