61 / 161

航-13 掴めない手

 文化祭は楽しかった。  最後に……あんな事はあったけど。  後夜祭に目もくれず走って帰った。あの人は、先生だからまだ残ってなきゃいけないだろう。  家のドアを開けて鞄を落として、端に避けてあった掛け布団を頭から被った。  脳裏には今もあの光景が映されている。  頭を振っても消えてくれない。オレの幸せな記憶全部に覆い被さってそれしか見えなくなった。  黄昏時のオレンジ色の中、校舎端の廊下で先生と女の子がキスしてた。  文化祭というイベントの合間にあんなこと、赤の他人だったなら微笑ましげに見て見ぬ振りをしただろう。  見た瞬間、「やっぱりか」と、思ってしまった。  以前付き合えた男の子にも「やっぱり恋人としては見れない」と言われた。体を重ねた相手すら、女の子に浮気していた。どっちもオレが逃げて関係は自然消滅した。  やっぱり、男同士はダメなんだ。  女の子になりたいと思った事はない。でももしそうだったら、こんな悩みは持たずに済んだんだろうなとは、思う。  それでも先生は今までの人と違うと思っていた。オレのこといっぱい好きって言ってくれたし、オレが周りに気を使わなきゃいけないくらい迫ってくるし。  同じだったの……?  幸せな時間は、本当にひと時だった。  いつの間にか眠っていた。  物音で目が覚めると、布団の隙間から先生の姿が見えた。  同じ場所に帰ってきてくれて思わず安心してしまう。  でも尚更、先生の事が分からない。 「……航」  その声に布団ごと体が跳ねた。  少し掠れた、低い声。弱々しくか細かった。  もう一度隙間から見ると、先生がすぐ側に座っているのが分かった。床についたその手は届く場所にある。返事ができずに重い沈黙が続くと、震えを抑えるように拳を握っていた。  先生は今、どんな気持ちでいるの。  どんな顔してるの。  オレが傷ついてるのに、オレより傷ついてるように見えるのは、何でなの。

ともだちにシェアしよう!