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航-15 また少し知る

 肩を大きく震わせて泣きじゃくっていたのも次第に治まってきた。気持ちも落ち着くまで鐘人さんはずっと抱きしめてくれた。  鼻をかんだティッシュを山盛りになっているくずかごに置く。そっと身動ぐと腕はほどかれた。オレの顔がどんな風になっているかは容易に想像がつくので、俯いたまま話す。 「……オレ、鐘人さんのこと……知りたい。だから、……教えてほしい」 「言えば……、俺を嫌いになるかもしれない」  冷静で余裕そうな普段の先生からは想像できない、昨日と同じように弱々しい声だ。 「鐘人さんは……、オレのこと好き……?」 「……好きだ」  言葉が、声が、胸の奥へじんわり沁みて温かくなる。  視界にあるその手の小指を小さく握ると、握り返すように曲げられて涙が潤んだ。 「オレも、すき。だから、大丈夫だから……、ちゃんと教えて」 「──同じ生徒から告白されていたんだ。断りの返事は、お前が見る少し前に。諦める代わりにと頼まれて……キスをした」  同じ場所でタバコを吸っていた姿を思い出した。その時既に告白されていたのか……。 「告白断ったなら、キスも断ってよ……」 「……元より相手の要求を断る事自体、あれが二度目で……、限界だった……」 「それって、どういう……」  意味が分からなくて顔を上げてしまうと、先生が見えた。  俯いてすごく辛そうな表情をしている。深い傷でも負ったように、切実に耐えながら精一杯言葉を振り絞っていた。 「相手の要求に応えなければ、……必要とされなくなる。してはいけない事だとは分かっていた。お前も傷つくだろうと……頭では解っているんだ。だが断れずに……。すまない……」 「わかった、わかったよ。分かったから……もう喋らなくていいから、謝らないでいいから」  鐘人さんが一言ずつ発する度に苦しさが増していった。それなのに涙を浮かべすらしない姿を見て、代わりにオレの涙がこぼれた。息をするのも辛く感じて抱き締めて止める。 「俺は……、お前が好きだ」 「うん、オレも好きだよ……。大丈夫だから。嫌いになんかならないよ」  この人も何かのトラウマを抱えているのは分かった。  拒否をほぼしたこと無く自分の意思も初めて言ったなんて。この人の過去がまた少し見えた気がする。あくまで想像だけど……。 「無理に喋らなくていいから……。少しずつ、鐘人さんのこと知っていきたい」  頭を少し離して顔を覗いた。目が合っても、表情は沈んだままだった。両の手を頬に添えて優しく撫でて、口付けをした。 「愛してる」  言いながら何度もキスを落としていく。控えめに裾を掴んでいた手がオレの頬に触れてきて、キスを返してくれた。 「鐘人さん……、オレのこと欲しい……?」 「……あぁ」 「じゃあもっと欲しがってよ。好きにしていいから……」  首に腕を回して耳元で囁いた。吐息に熱が混じるのを感じながら唇を触れ合わせて、口付けを深くした。

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