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航-16 赤い痕
鐘人さんはかなり痕をつけたがる人だ。キスマークだけでなく歯型も。自分のモノだと誇示するように、服の下の見えるか見えないかの際どい所にまで付けてくる。完全に見えてしまう場所は避けてくれるけど……。
付けているときは何処か必死で、赤く染まるのを見ると嬉しそうにして指でなぞる。その様子をじっと眺めるしか出来ないオレはとても恥ずかしいのだけど、そんな鐘人さんも愛おしいと思う。
そして今回も、まぁ結構なお手前で。
文化祭の時に付けたものも上書きするように色を濃くされた。
「付けすぎだから……」
互いに気持ちも落ち着いて普段通りに戻った空気の中、布団を被って呆れた。
先生の荷物は、初めて来た時と同じ形でキッチンの角にまとまっている。
本当に消えるつもりだったらしい。
ドアの外で惜しんでいると、オレの泣き声を聞いて開けたとか。
オレと同じ、いざとなったら逃げるタイプだったようだ。
ドアを開けてくれて本当に良かった。先生が消えてしまったらたまらない。
……もう、逃げるのはやめておいた方がいいかもしれない。この人と一緒にいたいなら。
「俺はもう行くが、お前は休むのか?」
「……はい。動けそうにないので」
平気な顔で出勤しようとしている先生を見上げる。
あんなに傷ついた表情をしていたのに、一粒も涙を流さなかった。本当に大丈夫なんだろうか。
あの女の子は、諦める為にキスをねだったみたいだけど諦めたようには見えなかった。また先生に……、何かしそう。
そんな思いが過ぎって、上体を起こして先生の服を掴んでいた。
この人は、お願いをされれば断らないし、断れない。
オレがお願いしても同じことで、命令をするようで嫌だと思った。
「鐘人さん……」
揺れる瞳で見つめていると、膝を曲げて屈んで顔を近づけてくれた。
おもむろに手を伸ばして襟元を捲ったそこへ顔を埋める。歯を立てて肌に食い込ませる。少し離して唇を当てがい強く吸うと、二つの痕ができた。
赤く滲むのが痛々しく見えて戸惑って、先生の顔色をうかがおうとすると優しい手に頬を包まれて唇が重なった。
瞑った目を開けてみると、先生は口角を上げて微笑んでいた。
「行ってくる」
そう言ってもう一度だけキスして頬を撫でると、離れてゆっくり立ち上がった。
オレの意図を分かってもらえたようで嬉しくて口元を緩ませていると、玄関のドアノブに触れようとした先生の手がキッチンに出したままのテーブルを指差した。つられて向くと、積まれた数冊の教科書とメモ書きが見えた。
「そこにあるのは今日分の課題だ。やっておけよ」
言い終わると出て行った。
上がってしまった体の熱が急降下して冷める。
「そんなものいつ用意したのッ!!」
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