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依-30 ひとときふたりきり
再び授業と自主勉強に集中する日々だ。夏道は秋にも大会があるので、放課後や休みを一層練習に費やしている。
会えるのは昼休みと夜の僅かな時間だけでも十分だった。
「この後、図書室行っていい?」
「あ? うん」
声をかけると、夏道は横にしていた体を起こして隣に座り直した。
密かに、自分達にとっての良い場所を探し続けていた。中庭の居心地は良くてもやはり人がチラつく。
弁当袋を持って立ち上がると、夏道は手をポケットに入れたまま黙ってついて来た。距離は相変わらず近くてちらりと視線を向けたが、前を見たまま表情は特に無かった。
教室へ弁当をしまいに行ったあと図書室へ向かった。此処ではお喋りは勿論のこと横になる昼寝も出来ないけど、静かで人も少なく落ち着ける。
今日は誰もおらず当たりの日だ。一番奥の席を横並びに取って、目当ての本を探しに行く。夏道はさっそく座って両腕を枕に寝る姿勢になり、戻って来る頃には小さく寝息を立てていた。
俺の座る側に顔を向けている。
持ってきた本は横に重ね置いて、同じ体勢をとって寝顔を拝んだ。
眉毛は薄く凛々しい顔立ちで、目を瞑っていても隙が無い様に見えるけど、何をされても起きず無防備な状態だ。
一応周りを確認してから、逞しい腕を指先で控えめにつついた。
衣替えで長袖になってしまったが、その上からでも分かる筋肉量で上腕のシャツの皺は伸びている。手の平で包むように触れてみると張りのある弾力を感じて面白い。組んでいる腕の下から出ている指を摘んでいじると、くすぐったかったのか潜っていかれた。
普段夏道にイタズラされているけど、こうして寝ている間に好き放題しているので、実際はお相子だと思っている。
こいつは休み時間一杯眠るだろう。
持ってきた本の存在も忘れてずっと眺めていた。自分の顔は緩みきって人知れず微笑っている。
夏道が隣に居る。
それだけで嬉しくて、幸せで。
寝ている今なら素直に言える気がする。
「好き……」
夏道の瞼がピクリと動いて、ゆっくりと開かれた。
同じ体勢によって視線はほぼ真っ直ぐに並んでいる。
虚ろな目で寝ぼけているのは分かったが、俺は固まった。
手が伸びてきて、頭を一撫でされる。
驚きと羞恥が入り混じり赤面する俺をジッと見ているはずなのに、表情一つ変えずそのまま瞳を閉じた。
腕は、糸が切れたように頭に被さったまま。兎角これを離さなければ。他の生徒が見れば変に思われる。
名残惜しいけれど、そっと腕を下ろした。直ぐさま自分の顔を両手で隠して机に突っ伏す。
びっくりした………。
びっくりした。
聞かれたかと思った。
頼むからちゃんと目は閉じておいて欲しい。
耳の奥まで響いていた心臓の音が落ち着いてくると、触れてきた温もりを思い出してまた顔が熱くなる。
夏道の手は暖かい。
文化祭からというもの、過度なスキンシップやイタズラが減った。不意に手を伸ばしてきても寸止めてそろそろと引っ込めて、まるで我慢している様だった。ようやく自重し始めたのかもしれない。
安心する一方で、全く触れてこないのは少しだけ寂しさを感じていた。
だから今のは……、……嬉しい。
指の隙間から覗いても、やはり夏道は眠っていた。
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