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依-31 秘密
夏道が野球を好きになって野球クラブへ真っ直ぐ走っていく背中を見たときは、正直さみしかった。
その先へ、俺は一緒に行けないと思ったから。
同じ方へ行けなくても、これからも一緒に居られるにはどうしたらいいか小さな頭で考えた。頑張っている姿を見守るうち、役に立ちたい気持ちが湧いて、気づけば図書館の本やネットの記事を読み漁っていた。
夏道にプロ野球選手になるという夢ができた頃、俺にも夢ができた。
「お母さん、おれね、夢ができたの」
「あらそうなの〜……って、おれっ!?」
一人称が変わった瞬間でもあり、ほんの少し、あいつの口調を真似るようになった。それからは一所懸命に勉強した。
「何の勉強してんの」
その言葉で反射的にノートを閉じた。
今日も図書室に来たものの、人がまばらに居てはずれの日だった。
夏道は机に伏せていたが眠ったわけでは無く俺の様子を眺めていたらしい。覗こうとした直前に閉じたので少しムッとしている。
「なんで閉じんの」
「な、なんとなく」
真顔で返事をしたのに声はまだ焦っている。
一緒にいる時はあっちの勉強をしない様にしてるけど、こいつが俺の勉強に興味を示すのは珍しくて、つい過剰な反応をとってしまった。自分の夢は自信を持てる段階になってから言うつもりなんだ。あの勉強についてはまだ知られたくない。
「寝るんじゃないの」
「んー……」
伸びをすると、もう一度腕を組んで頭を寝かせた。閉じない瞳はこちらに向いたまま。
「なに」
「別に。勉強続ければ」
府に落ちないままノートを開いてペンを構えると、隣の視線が刺さってきた。視界の端に映るその目がジッと見てくる。何か言いたげな表情でも無く、ただ視線を置いているだけ。見たいのは俺の方なのに……。早く寝てくれないかな。
少し待っても変わらないので、渋々課題に集中した。
度々生徒が後ろを通っても、寝る体勢でいる夏道の視線は俺にしか分からない。
触れられる時より粘っこく、縛られるような感覚がして手に汗が滲み始める。
訴えようと静かに睨み返したのは後悔した。
顔を埋めていて目元しか見えないけれど、目が合うと細くなって、目尻が下がるのを見た。きっと口角は上げている。
いつもなら、そんな顔をすれば手を伸ばしてくる。なのにずっと見つめたままで、逸らしてもくれない。耐えきれずに顔を伏せた。
いっそのこと触ってくれたほうがいいのに……、と思ってしまう辺り自分が変態な気がしてきた。
「……なに……」
腕で視線を防ぎながら言うと、そいつは小さく笑った。
「可愛いな」
……これはあれか、新手のイタズラか。
クスクスと笑っているのを耳にして腹が立って、机の下にある足を蹴った。
「そこ、すね……っ!」
強くしたつもりはないが良い所に当たったらしく、悶えたのを見て思わず口元が緩む。
「ざまみろ」
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