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依-33 失言
「部活は?」
放課後なのにまだ制服姿で居る夏道を不思議に思って言ったのだが、その眉間のシワはより深くなった。
「……これから」
「行ってらっしゃい」
態度も返事も、何故か不満そうな雰囲気で溢れていた。
立ち去るのを見送り前を向くと、こちらは何故か怯えている。子犬が震えている様に見えて笑うのをこらえた。
「ふぉ、フォロー行ったほうがいいんじゃないの?」
「なんの」
「いや絶対アレでしょっ! 勘違いしちゃったやつじゃないのっ?」
「何を?」
「いっくんは男心が分かってないッ!」
「俺も男だけど」
理解できないまま航に急かされて夏道を追う事になった。不機嫌なあいつは気になるので行くけれど。二人してどうしたんだ。
早足で行くあいつに追いつけたのは、校舎を出た先だった。
「夏道っ!」
部室のある別棟へ足を向けようとした夏道はやっと止まってくれた。振り向いても良い顔はしないが、俺を見ると一瞬だけ目を大きくさせた。
「……なに」
「………何かあったの?」
息を整えて尋ねると、睨むような視線を逸らして「別に」と言われる。
「そのまま部活できるの」
煮え切らない態度を見かねて、場所を変えることにした。
既に部活生の励む声が聞こえてくるなか駐輪場まで来させて、手を離して向き合っても、顔を伏せてだんまりを決めている。
何に怒って、何が不満なのか分からない。航の言った「勘違い」というのも。はっきりと言ってくれなければ分からない。
「なんで怒ってるの」
「……」
「ヤキモチでも焼いたの?」
「ヤ……」
冗談で、ため息混じりに言った俺の言葉に反応した。
「ヤキモチ……、焼いたの?」
まじまじと見ながら聞き直すと、ほんのり頬が染まって顔を逸らした。可愛いな、おい。
一歩近づくと一歩退かれたので、つい魔が差してしまう。
両手を上げて、頭一つ分違う男の頭を撫でてみた。前にした乱雑なものではなく、包むようにして優しく。
一撫でする毎に表情が柔らかくなるのが見てとれる。尻尾が付いていたら振っていそうな。
か、かわいい。
夏道の手がおずおずと前に出てきたのに気づいて少しばかり心を構えた。
けど、伸ばしてはこなかった。
「……我慢しなくていいのに」
無意識に零してしまった事と自分の発言のおかしさに顔が赤くなりかけた時、夏道が顔を上げた。子供のすがるような表情に頭が混乱し始める。
「いいのか……?」
「………す、少しだけ、なら……」
いや、良いっていうか、来るなら来いよというか、あの、うん……、自分で自分を追い込んでいる展開に頭を抱えたい。
錯乱状態の俺に静かに腕を回してくっ付いてきた。
背中と後頭部に回された手に力はほとんど無く、頭を擦り寄せてくる。そんな控えめな態度は、逆に調子が狂ってしまう。容赦無くいじりに来る奴は何処へ行ったんだ。
両手を背中に回してやると、夏道の腕に少しだけ力が込もった。
夏道は暖かい。
慣れか、好きだからか、多分両方だけど、羞恥は別として夏道に触れられるのを嫌だと思った事は無い。寧ろこうして包まれていると落ち着ける。
だから遠慮も我慢も、躊躇もしないでほしいのだけど。
「別に……、お前になら何されてもいいのに……」
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