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誠志郎-9 日課のお供
夏道は機嫌が悪いと、とことん空気を悪くする。表情はもちろん言動も荒くなる。いつもは大人しくて優しい奴だから、ちゃんと原因があるのは分かってる。でも、アイツは頑として教えてくれなかった。
昨日の荒れ方は不機嫌とは違ったせいか、初めて話してくれた。
聞かなきゃよかった。
今までの原因も大体が恋人に関していた事も分かって、気分が悪くなった。夏道が頑張っているのは分かってるだろうに、支障をきたすような事をしないでほしい。何様な言い分だけど、俺は野球をする夏道を応援してるんだ。
……まぁ、結局は嫉妬なんだけどさ。
仕方ないだろ、……好きなんだから。
それでも付け入る隙なんて最初から無いから、卒業まで傍観の一手だよ。
あぁ、ウンザリする。
「悪かったな、ヘタレで」
「おう」
独り言として呟いたのに、返事が来た。声には覚えがあるので驚きはしないが。
振り向くと黒ジャージ姿の大護が立っていた。足元にはその愛犬、ゴロウがいて、俺を見上げて尻尾を勢いよく振っている。
黒のラブラドール、九ヶ月の雄で、同色で並んだ似た者同士に内心笑った。ゴロウは表情豊かだけどな。
「ワンッ!」
「ようゴロウ、今日も元気だな」
「俺も元気」
「聞いてねぇよ」
変なボケとツッコミが済むと、日課の待ち合わせをしていたのを思い出した。
陽が顔を出して明るくなってきた今の時間に走りに行くんだ。
いつでも行けると言わんばかりにはしゃいでいるゴロウを見るとつられてテンションが上がる。笑顔を向けてポンと撫でる。
「よし、行くぞっ」
俺ん家の横を通る緩やかな坂道の登りからスタートした。
並木はソメイヨシノで、春になると桜を見ながら走れる。今の時期の紅葉も綺麗だ。カラッとした空気を照らす朝焼けも、眩しくて気持ちが良い。大護はゴロウが行きすぎないように、上手くリードを操りながら走っている。
坂を登りきると住宅街の奥へすすみ、右の道へ二度曲がって、三十段くらいある階段を駆けくだり、また右へまがって、俺ん家の前でゴール。気分転換で逆コースにしたり、小さめの公園があるので寄り道したりする。
特に会話はない。お互い走る方を向いたまま、時折ゴロウをみて声をかける程度。
気まずさも全くない。
まるで一人で走っているように思うけど、一人と一匹の存在は隣にしっかりと感じながら走っている。
ちらりと横をみれば、やはり前だけを見ていた。
コイツと居ると、不思議な感覚がする。
大護は、坂道を挟んだ横三軒目のご近所で、中学へあがるときに引っ越してきた。同じ部活にも入ったから何だかんだ顔を合わせていると親同士が仲良くなって、親が居ない日とかに晩飯を食べさせてもらったり、あっちがうちに食べに来たりすることもある。
この日課も、始めたころに偶然鉢合った流れで一緒に走っていて、ゴロウがやってきてからはこうして待ち合わせもするようになった。
気づけば、コイツは隣にいた。
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