75 / 161

依-35 想いより強い気持ちを

 夢を見た。  小学生の姿でいる俺達は、山道(さんどう)側のあのいつもの場所にいた。  野球の話をたくさん聞かせてくれる笑顔を眺めていると、そのうちクラブへ行く時間になって、向かう背中をつい呼び止めてしまう。  寂しそうにする俺に、夏道は走り寄ってぎゅっと抱き締めてくれた。  もっと一緒にいたいと思って、願った。  「……放課後のあの時、言ったのは、冗談とかじゃないんだ……。今までお前にされて嫌だと思ったこと、一つも無いから」  俯きながら話始める。まずそれを言って夏道の顔色を伺うと、目を丸くしてぽかんとしていた。 「……一個も?」  聞き返されて居た堪れないけど、きちんと頷いてみせた。 「夏道は、初めて会った時からずっと優しいよ。……何されてもいいって言ったのは、悪いことしないって、ちゃんと分かってるから。信頼してるから。俺、お前と一緒に居て楽しいよ。俺だってもっと一緒にいたいと思ってる。夏道の大好きな野球も応援してる。頑張っててすごいよ。これからも応援するし役に立ちたいと思ってる。……隣に居れなくても、夏道の人生にずっと関わっていたい。ずっと一緒にいたいんだ」  段々と苦しくなって、膝を曲げてうずくまりながら続けた。  全てでは無いけど、今言いたい事を打ち明けていた。  好きだけど、この気持ちは昔から「好き」だけに収まってくれないんだ。  あふれて、こぼれて、止まないんだ。  涙になって流れ出て、少し泣いてしまっていた。夏道は静かに聞いてくれているのか、言い終わっても沈黙が続いた。  徐ろに顔を上げると、夏道も俯き加減で黙りこくっている。動かない表情から、水滴が伝い落ちるのを見てハッとした。 近寄って覗くと確かに泣いている。 「な、なんで泣くの」  理解できなくて狼狽えてしまって、夏道の腕をやわく掴んだ。 「……おばさんが、お前の悩みは俺のことばっかりって言ってたから……、触ったりしてるの、やっぱり嫌だったのかと思ってた」 「は……?」  母さん、何を告げ口してるんだよ、何も言うなって日頃から釘さしてるのに……っ。まさか勉強の事まで言ってないよな……?  しなくなったのはそれが原因か尋ねると黙って頷いたので、ため息が出る。 「それで悩んでるわけじゃないよ。さっき言ったように、そういうのも含めて嫌だと思ったこと無いから」 「俺は……」  沈んだ声を出す夏道は、微かに震える手で腕を掴んできた。 「最近は、お前に嫌われたくない、だけしか考えてなかった。大事な人に……嫌われるのが怖くて、何より怖くて……。我慢できなくなっても、それが一番頭の中にあった」  もう涙は出ていないけど、肩を震わせているのを見て俺は迷っていた。  ここまで深く傷つく理由を、俺は知らない。時々悲しそうにするのを見たことはあるけど、どうしてそんな顔をするのか聞けなかった。家の事情も同じく、母子家庭というくらいしか把握できていない。夏道はその辺の話に触れたくもなさそうだったから。 「……嫌いになるわけないじゃん。頼むからそんな顔するなよ」  全てを知らないのは不甲斐無くて、せめて俺が見ている夏道の全てを受け止めたくて、素直に体が動くと包むように抱きしめた。

ともだちにシェアしよう!