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夏道-17 仕舞い置いて立つ
秋の大会で春の選抜に出場できるかが決まる。一試合も気を抜けない。でも、その緊張やプレッシャーは不思議と力に変わる。
もっと投げていたい。
マウンドに立っていたい。
疲労で体が辛くなっても闘志だけは尽きない。
勝つイコール野球を続けられるという意味だから、勝負事としても、自分の好きな事としても、勝ち続けたいんだ。
どうしようもなく、野球が好きだ。
「すごい機嫌良いな……」
球場へ行くバスに乗る前の集合時、誠は苦笑いしながら言ってきた。
「あ?」
「キモいくらいニヤけてる。……その様子じゃ、恋人との問題は解決したのか」
「あぁ、まぁな」
さっき他の奴にも言われた。コーチにまで指摘されて、良い結果を期待できそうだと皮肉っぽく笑われた。そんなに変な顔してるのか、俺。
点呼も早々にバスに乗った。席の数より人少ないからそれぞれ好きな所へ座っていって、俺は手前の通路側、通路挟んだむこう席に誠、その奥の窓際に大護がきた。
発進後も誠がチラチラと俺の方を見てくるから「なんだ?」と聞くと、唇をすぼませた。
「……ヤったの?」
「やってない」
「えっ、……まじで?」
「うん」
「ホントに男か、お前」
普通に答えた俺を、さも意外そうな声で肘置きから身を乗り出して聞き返してくる。
「そんなにして欲しいのか」
「そう言うんじゃないけど……。普通ならするだろ」
「あとで考えるさ、試合に集中しなきゃだろ?」
そう言って笑う俺をじっと見つめると、複雑な表情を浮かべて笑みを落とした。
「……ふっ、さっきまでニヤけ顔だった奴の台詞かよ。夏道らしいけど」
最近のコイツは、ただの下ネタ好きとは違うように思う。どこか引っ掛かりを覚える反応だ。きちんと席に座り直して頬杖をついて前を向く横顔を見つめる。
「誠、なんかあったのか?」
「えっ? 何急に」
「いや……、最近変だから」
「あは、変なのはお前だろ。別に何もないよ、あっても心配されるほどじゃないね」
「心配はするぞ」
笑って誤魔化そうとする誠に真剣な目線を送ると、一度ちらりと見てきて眉をハの字にした。
「……鈍いくせに」
走行音で聞きとりにくかったけど、確かにそう言われた気がした。手で顔を隠していたけど、口端が小さく上がっているのが分かった。
コイツにはよく相談に乗ってもらってるし、試合でも支えられている。
悩みがあるなら相談に乗ってやりたいと思うのは、俺も同じだから。今度でもゆっくり話を聞いてやりたい。
色んな想いは今は大事にしまっておいて、試合に集中しよう。春の選抜も行けるように。
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