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依-37 またしばらく
「すき、好き。……依、好き。好き」
まるで、大型犬がのしかかって懐いてくるように抱き付いてきて、耳元で何度も囁いた。首まで赤くする俺を時々チラリと見やってクスクス笑ったり、「可愛い」とか、悪戯には触れずそればかり。
いろいろ通り越して拷問かと思った。
あいつの好意は気持ちの境目なんてないかのように純粋に染み渡ってきて、勘違いしそうになるから本当に困る。
あの夜、そのまま夏道は泊まった。
しまいには客用の敷布団へ俺を引きずり込み、抱き枕にして眠った男子高生の懐きぶりには呆れたけど、幸せそうな寝顔を見て安心する自分がいた。
正直にいえば嬉しくて、素直な気分で背中に手を回してみたくなったけど、がんじがらめでやはり動けなかった。
起きた時には熱も消えていなくなっていた。早起きして自分の家へ帰ったらしい。
この切り替えの早さには驚いた。
俺はずっと翻弄されまくりだ。
野球馬鹿というのは伊達でなく何を置いても野球を一番に考えている。そういうところも夏道らしくて好……。
ともかく、俺の一番大事な気持ちは伝えたしそれが伝わったから、恋愛面の問題はまた置き去りにした。
この皺寄せがいつ来るかも考えないで。
「へぇ〜〜、そんな事があったのか〜。むしろ両思いじゃない?」
航は久々に一人で追試を受けていた。日ごろ六堂先生からみっちり扱かれていても怠慢癖は治っていないらしい。
見張りの先生もいないので俺を引きとめた。自身と俺が二人きりでいたのを見た夏道が不機嫌になったことを気にしていたようだ。そこから流れるままお喋りが始まって……、俺は何故こうも話してしまうのか。
「……恋愛云々がなければ、ね」
「ラブラブじゃんか〜〜、あ、でもお相手は大会期間に入っちゃったのか」
「うん」
自分の課題を広げてペンを動かしていたが、ふと止めた。
夏道は大会の試合へ向かった。
基本的に年間を通して試合と合宿と練習に明け暮れてはいるが、大会ともなればまたしばらくゆっくり会うことはできないだろう。
でもそれは、最後まで勝ち進んだ場合の期間だ。途中で負けてしまえば次の試合は無く、今大会の結果次第で春の大会へ行けるかどうかも決まってしまう。
あいつは一試合でも多く出たいだろうに。考えてみれば、厳しい世界だとしみじみ思った。
「……負けたらそこで終わりって、やっぱり過酷だよな」
「トーナメント戦だとね〜。でもこの学校の野球部は毎年いい所まで行ってるみたいだよ」
「へぇ」
「春も行けるといいね〜」
「……うん」
教科書に目を落としたまま思わず微笑う。
「その教科書って、うちのじゃないよね。買ったの?」
「うん」
「そっち方面の大学に行くためだよね」
「うん」
「……スポーツ寄りのここ選んだ理由って、ホントに夏道君といたいからっていうだけなのね」
「うん、……あ」
読みながら半分適当に返事をしていたせいで誤魔化せなかった。おもむろに目線を上げると、歯を見せた笑顔がある。
「一途だねぇ〜」
「……」
「そして恥ずかしがり屋さんだね!」
「帰る……」
「ごめん可愛くて、あっ待って行かないでッ!」
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