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鐘人-1 航

「かねひと?」 「寺の鐘に人と書く」 「ゴーンっ!?」  理解できたのか、楽しそうに鐘をつくポーズをして見せた。  可笑しくも可愛らしくあり、思わず少し吹き出すようにして俯いて笑った。そんな私を見て幼い航も大きく口をあけて笑う。八重歯を見せる笑顔が印象的だった。 「かねひと! かねひと! これあげるっ!」  食事会から摘まんできたと思しきおかずや菓子を手の平いっぱいにのせて来た。楽しいイタズラをしているかの様にはしゃぎながら側に座るので、その頭を優しく撫でた。  広い屋敷の奥の間で、ふたりぼっちで過ごしていた。  夢のようなひと時だった。 「忘れ物はないか」 「うんー。俺は日帰りだし携帯と財布だけでいいでしょ」  喪服を着て姿見で確認している航に声をかけた。黒は学ランで見慣れているが、それは非日常のものでやはり違和感がある。  尻ポケットに財布を差し込み出て行く素振りを見せたのでもう一度だけ呼び留めた。 「早く帰ってこい」 「えっ。なに、寂しいの?」  意外そうな反応をして、悪戯な笑顔で見つめてくる。手を伸ばして頬に触れると擦り寄るように首を傾ける。 「お前もそうなるだろう」 「んふふ、多分ね」 「……気をつけて行ってこい」 「うん」  「行ってきます」と、今度は明るい笑顔を向けて出て行く。ドアの閉まる音がやけに大きく部屋に響いた。  俺は父に言われているので天四家には行けない。訳は容易に理解できる。  ただ、その代わりに航が標的になりそうだ。  あいつは俺と居てばかりで大人達の話をまともに耳にしたことはなかったが、今回はそういかないだろう。昔の話を聞かせることになる。  徐に携帯を取り出してメールを打った。

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