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鐘人-3 歪んだもの

 私に対する父のする事がおかしいと知ったのは、大人達の陰口を聞いた時だった。  父は婿養子で性を天四から六堂に変えたが、すぐに妻を事故で亡くした。酷く憔悴(しょうすい)していたが、あるとき見知らぬ子供を養子として引き取り天四家へ戻ってきたという。  その子供が私だった。  紹介で対面した時の大人達の表情に、引っ掛かるものはあった。  私は亡くなった鐘子(しょうこ)という妻に似ているらしい。髪を伸ばした姿は尚。  父の情は歪んだものだと知った。  けれど少しも嫌なものを感じはしなかった。  一層、自分は必要とされているのだと思えた。  集まりに行く度、視線を感じた。声をかけることもなくヒソヒソと話していて、避けては不気味に思われていた。  父の邪魔にならぬようにと一人になれる場所を探して、帰る時間まで奥の間に居るようになった。  勝手に自分の場所としていたが、ある時先客がいた。  幼い子供だった。  棚と壁の隙間に入ってうずくまっているのを、どうしていいか分からず見つめていると顔を上げた。  知らない人が来たという表情をしたが動こうとはしなかった。諦めて別の場所へ行こうと背を向けると、途端に畳を蹴る音がしたので首を傾けて見やった。 「……い゛がない、でぇ……っ」  いつの間に泣きだしたのか、大粒の涙を零しながら脚にしがみ付かれていた。  結局、泣き止むまで側にいた。膝に乗ってくるのを背中に手を添えてやると抱き締めてくる手に力がこもった。  しばらくして誰かの探す声が聞こえてくると、子供は自ら身を起こして立ち上がった。  襖を開けてこちらを向くと小さく手をふってくる。同じようにしてみせると目が見開いて、次には柔らかい笑みを浮かべた。  あの子供は私を知らないらしい。  私もあの子を知らなかったが、大人達のお喋りをまた耳にして知った。  母親が家を出たという。元々弱い人だったのに義母にいびられ続けて限界になり一人で出て行かれ、今は父親と二人暮らしと聞いた。  (わたる)という名前。  この時は四歳で、私とは十二違いだ。 「かねひと!」  年に二度しか会わないのによく懐いてきた。一年、二年と経っても私の座っているところへ飛び込むように抱きついてきた。  不気味と言われた容姿を綺麗だと言ってくれた。  嬉しかった。 「かねひと〜〜、ヒマだねぇ〜〜、楽しいねぇ〜」  床に寝転び寛ぐ猫のようにして笑いかけてくる。  ふと、不思議な思いに引かれるように小さな顔へ身を屈めた。 ぷくりとして可愛らしい唇に、自分の唇を重ねる。  ほんの数秒。  音は閉ざし、感覚に心を置いた。  静かに顔を上げると、何をされたのか分からない様子でぽかんとしていた。口端を上げて微笑む私を見て無垢な笑顔をくれた。  湧いて溢れたこの感情は苦しくなるほど熱く、けれど今までになく気持ちが和らいだ。 「何をしている!!」  突然勢いよく襖が開かれると、恐ろしい剣幕でいる男性が立っていた。

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