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鐘人-5 漂い着く

「自由になってくれ」  病状が落ち着き話も出来るようになった頃、父は言った。ベッドの背を起こして、顔は俯いていた。自責の念に駆られた様子だった。  家からも出るように言われ、一人称や髪も言う通りにしなくていいと、有り余るお金を渡された。  言葉の意味こそ知っていても、自由になるというのはよく分からなかった。  どこへ行けばいいかも分からず放心状態で居た。  最初に浮かんだのは航だった。  会いたいと、心の何処かで思い続けていた。  携帯にその父親の連絡先があるのを思い出し番号を確認して、繋がると、最後に顔を合わせた時と変わらない柔らかな声が聞こえた。  話していると、航が今一人暮らしでいるのを聞いた。行く当てがないのならしばらく一緒に住んでみてはと提案され、再び航のことを頼まれた。  勤め先もタイミングよく変えられ、あの子の通う学校へ赴任した。  まるで、航への道がまっすぐに敷かれた気分だった。  私は……、俺の体は、自然に動き出していた。  三年振りに再会したあいつは、より身長が伸びていたが雰囲気や笑い方は相変わらず。  気にかかる程のオーバーな振る舞いに、自分への想いがあるのか尋ねてみると、予想が的中した。  心から嬉しいと思った。  けれど何処か臆病になっている様で、想いが知れても何の行動も起こさない。今まで付き合ってきた者達と違い何も求めてきてはくれなかった。  どうしていいか分からないから、航の方から求めて欲しかった。  必要として欲しいのに。  「どうして欲しい」と航へ尋ねる度、自身にも問うた。  自分はどうしたいのか、どうなりたいのか。  一つ一つ小さな答えが溜まっていくと、無意識に蓋をした感情が再び溢れ出ていた。  俺は、航が好きだ。  ――「……俺の好きにしていいのなら、お前の側に居たい。これは俺の意思だ」  夕方過ぎにメールの返事が来ていた。  きちんと時間を取りたいので来週以降で日を合わせたいとあった。自分の日程を送り、携帯を戻した。

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