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航-18 家族

「六堂さんが連れてきた当時はまだ小さな子供だったけど、髪を伸ばさせて自分の事を『私』と言わせたり、振る舞いも女性らしさがあって、余計似ていったの。親子のくせして本当に気味の悪い二人だった。まるで亡くなった奥さんの代わりを連れてきたように思ったわ」  おばさんの言っている事が理解できなかった。  でも、聞きながら鐘人さんの伸ばしたままの髪や綺麗な顔立ちと振る舞いを思い返していた。 「まともな育て方をされてなかったの。航くんがそんな人と一緒に暮らし始めたって聞いて心配もしてたのよ。変なことされてない?」 「変なこと、って……」 「――航」  不意に肩を叩かれた。  自分の肩に置かれた手を辿って見ていくと、眉間にシワを寄せているお父さんがいた。  あの場から離れて静かな縁側で二人並んで座った。  連絡はよくしているけど、顔を合わせるのはオレが一人暮らしを始めて以来だった。前に見た時より頬はこけてやつれている。  オレと二人になると緊張を解くように表情が崩れた。 「来れたんだ」 「あぁ、少し遅れてしまったけど」 「……お祖母さんは、どう?」 「もう殆ど、寝たきりになってしまったよ。先週手続きを済ませて施設に入ってもらった」 「そう……」  お父さんは自分の母親……、オレの祖母の看病をずっとしていた。  祖母は気が強い人で、誰に対してもハッキリした物言いでキツい態度をとってしまい孤立しやすい人だった。病気になっても同じで病院や施設に入ってもすぐ出たがって、結局お父さんが仕事を辞めて一人で介護していた。  オレは、祖母を好きじゃない。  母親が出て行ってしまった大きな原因だから。  母も祖母からの扱いで弱い心を病んで、出ていった。  お父さんは忙しさで気付いてやれなかったと罪悪感を持っているけど、最後には母は別の人の所へ行ったんだ。  オレは何もできなかった。  でもお父さんはそれを望んで、守るためにオレを遠ざけていた。 「お疲れさま」  複雑な心境だからそれだけ言うと、お父さんはこけた顔に小さなシワをつくって笑った。 「僕ね、母さんが嫌いだよ」  笑った顔のまま目の前の庭に向けて言い放った。その瞳の奥に悲しみを含ませているのを感じて、顔をそむけて庭を見た。手入れの行き届いた、紅葉が映える綺麗な広い庭だ。 「口うるさいしワガママだし、不満があると暴れるし、本当に大変だった。……でも、見放すことはできなかった。元妻にまで酷いことしてた人なのに。なんでだろうね」  正直に言う姿を見て、自分の口元が震える。 「……オレも……、きらい。……ごめん」  やっぱり、言葉にするのはつらかった。家族なのに、そう思ってしまうことが悲しい。  お父さんは優しく頭をなでてくれた。 「航からの日常メールが何よりの楽しみだったよ。鐘人君にも会いたいな。お世話になってるお礼もしなきゃね」  出てきた名前に、さっき聞いた話を思い出した。  おばさんの言ってたことは本当だろうか。  鐘人さんが悪く言われてるのだけはよく分かった。それがすごく、内心腹が立ったよ。  天四の家にいるとどこか怖さと息苦しさを感じる。いつも身内の陰口を言って、湧いた事情や噂を肴に愉しんでいる。  此処も嫌いだった。

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